「聖女の雫」争奪戦 ③
全身に痛みが走る。
氷を割り続けた拳には、無数の傷が出来ていた。
進むにつれ、あまりの苛酷さに力尽きた男達が、白目を向き、川にプカプカと浮かんでいた。
救護船が、そんな男達を拾っては、陸地に投げ捨てる。
投げ捨てられた男達は、端正な顔や身体のたくましい者から順に、『看護』と言う名のもとに、女達のオモチャにされていた。
「は〜い。押さないで下さい。順番に並んで。脈の確認百イン。心臓マッサージ千イン。人工呼吸一万インですよ〜」
係員の声が、泳ぐロイルの耳まで届く。
このまま泳ぎ続けるのも危険だが、棄権するのは更に危険だと、ロイルは奥歯を噛みしめた。
気力を振り絞り、ひたすら泳ぐ。
暫くすると、前方にフタゴ橋が見えた。
しかし、もう少しと喜ぶロイルの目が、とんでもないものを捉える。
「・・・・・!?」
王が浮かんでいた。
ロイルは舌打ちをして、氷と生き残りの男達をかき分け、王の元に向かう。
「陛下!しっかりして下さい!」
頬を平手で打つと、王が薄く目を開ける。
「ああ、メーリ。迎えに来てくれたのかい?」
遠い目をして亡き王妃の名を呼ぶ王を、ロイルが揺さ振る。
「やめて下さい!こんなところで死なれたら、一緒にいた俺の責任が問われてしまいます!」
「余はもう駄目だ。飢えた女達の餌食になって・・・・・、それはそれでよいかも。うふふふふ・・・」
これは駄目だと、ロイルは救護船を呼ぶために顔を上げた。
「―――――!!」
その瞬間目に映ったものに、ロイルの全身が粟立つ。
橋の欄干に仁王立ちする女と、その足を必死に押さえる女。
「マリン・・・!」
欄干に立つマリンと、落ちないように支えるアンだ。
その表情までは遠くて分からないが、怒りの波動はひしひしと伝わってくる。
優勝しないと、後が怖い。でも王をこのままにする訳にはいかない。
ロイルが迷っていると、王が突然ガバッと顔を上げた。
王はキョロキョロと辺りを見渡し、橋の欄干にいるマリンを見付けて雄叫びを上げた。
「おおおおおー!!」
ロイルの腕を振りほどき、王が両拳を高く上げる。
「余の雄姿を見てくれー!!」
王は拳を振り下ろして目の前の氷を割り、猛烈な勢いで橋に向かって泳ぎだす。
「え・・・!ちょっと待って下さい馬鹿!」
ロイルがそんな王を慌てて追いかけた。
必死に泳ぎ、追い付いたのだが、王はロイルの事などまるで見えていない。
仕方なく、少し先回りして王を受け止めた。
「・・・ふぅ」
まだ泳ぎ続けようとする王の腕を捻りあげながら、ロイルが安堵していると、頭上から縄梯子がおりてきた。
「・・・・・?」
上を向いたロイルに、係員が大声で話し掛ける。
「その梯子を登って下さい!」
いつのまにか、フタゴ橋に到着していたようだ。
ロイルは暴れる王に当て身を食らわし、肩に担いで梯子を登った。
橋の上に立ち、王を下に寝かしてホッと息を吐く。
「おめでとうございます!!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「・・・え?」
突然沸き上がった拍手と歓声に、ロイルは目を丸くした。
欄干の上のマリンが、満足そうに笑みを浮かべている。
「優勝商品の、『聖女の雫』です!はい!頭上に掲げて!笑って!もっと笑って〜!!」
どうやら知らぬ間に、優勝していたらしい。
ロイルは呆然としながらも、言われるまま酒を掲げてぎこちない笑顔を浮かべた。
「よくやったわ!ロイル!!」
欄干から飛び降り、マリンがロイルの元に走る。
人波がサッと左右に分かれ、マリンに道を譲った。
「マリン・・・」
妻が夫に駆け寄る、感動の瞬間。
しかしその時、ロイルの足に、ガッシリとしがみつく者がいた。
驚いて足を見ると、燃えるような瞳でロイルを見上げる王の姿があった。
「ロイル・・・。余を差し置いて優勝とは・・・!」
「へい―――――!」
『陛下』と言い掛けて、慌てて口をつぐむ。
「酷いではないか!酷いではないか!!ロイル・・・!」
王がロイルの腰に抱きつく。
流れる涙と鼻水を擦り付けながら、王は力一杯ロイルの腰を締めあげた。
「う・・・っ!」
痛みにロイルが呻く。
「ちょっと!そこの馬鹿!何してるのよ!!」
マリンが怒鳴りながら王に駆け寄り、その髪を鷲掴みにして振り回した。
「離しなさいよ!馬鹿!!」
「マリン!酒が、割れます!」
酒瓶を落としそうになり、ロイルが慌てる。
「ヤダヤダー!余が優勝なんだ!」
とても大人とは思えない言動の王を、マリンは容赦無く蹴りつけた。
「マリン!ちょ、落とす、やめ―――――あ!」
「―――――おお!?」
「―――――きゃあ!」
マリンに蹴られた王が、手を滑らせた。
王の指がロイルの水着に引っ掛かり、脱げる。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
辺りが静まりかえり、全ての者が、ロイルの股間に注目した。
そして次の瞬間。
「きゃあ〜〜〜!!!」
「おおーーーー!!!」
橋が揺れる程の歓声。
皆が、大興奮でロイルの股間を見ようと押し合いになり、橋上は大混乱になる。
当のロイルは、あまりの衝撃に、固まってしまう。
王は怒られると思ったのか、素早く姿を消した。
「もう!何やってるのよ!」
―――――バチーン!!
マリンがロイルに平手打ちをし、酒をひったくる。
ハッと正気に戻ったロイルは、急いで水着を引き上げると、マリンと、少し離れた場所にいたアンの手を握りしめ、一目散に屋敷に逃げ帰ったのだった。