「聖女の雫」争奪戦 ②
「皆ー!盛り上がってるか〜い!!」
「おおーーーっ!!」
観測史上類を見ない、記録的な寒さのこの日、『男だらけの寒中水泳大会』は行われた。
「馬鹿だ!この国の民は、馬鹿ばっかりだ!!」
小さな水着だけを身に付け、ロイルは自分の身体を抱き締めて、ガタガタと震えていた。
この寒さと吹雪では参加者など集まらず、中止になるだろうと思いながらスタート地点に来たロイルは、驚愕した。
やる気満々の水着の男達。
それを見る為に、少女から老女まで、あらゆる世代の女が集まっていた。
川辺は人・人・人でごった返し、温かい飲み物や食べ物が、飛ぶように売れていた。
「順路の説明をするぞ〜!ここを出発したら、上流に向かってひたすら泳げー!『フタゴ橋』に一番はやく辿り着いた者が優勝だー!!」
「おおーーーー!!」
「川には分厚い氷が張っているぞ!男なら、拳で叩き割って、突き進めー!!」
「おおおーーーーっ!!」
「馬鹿共が!!」
ロイルは吐き捨てるように言って、ふと少し離れた場所で、一際大きな声で拳を突き上げている男を見た。
髪には白いものが混じり、あきらかに老年にさしかかっているが、その身体は程よい筋肉がつき、鍛えられている事が分かる。
あの歳でこれだけの身体を維持できているとはと、感心して見ていると、男がこちらを振り向いた。
「―――――!!」
「―――――!!」
ロイルがあまりの驚愕に、目と口を大きく開ける。
男も驚きに目を見開いていた。
「・・・・・ッ!」
ロイルがハッと気付き、人波をかき分け男の元に向かう。
男の肩を掴んで引き寄せ、耳元で囁く。
「何をされているのですか!?陛下・・・!」
「おー、ロイル。まさかお前も参加するとは。強力な好敵手の出現で、余の優勝が危うくなったではないか」
ロイルは王の肩から手を離し、舌打ちした。
「何を考えているのですか?いや、いいです。どうせ何も考えていないでしょうから。とにかく、今すぐ帰って下さい。というか、どうやってここまで来たんですか。あの隠し通路は、封鎖した筈なのに」
ロイルは周囲を見渡したが、護衛の姿は見当たらない。
王はフフンと鼻を鳴らし、自慢気に胸を反らした。
「隠し通路はあれだけではない」
ロイルは不意に思い出した。
王はたまに護衛を巻き、数時間行方不明になることがあった。
捜していると、フラっと戻ってくるので、城のどこかで遊んでいるのだろうと皆思っていたが、こうやって城下に遊びに来ていたのだ。
「騎士達がこの大会の話をしていたから、余も出たいと言ったのだ。しかしエリアスが、『ふざけた事を言ってはいけません。あまり我が儘を言うと地下牢にぶちこみますよ』と、許可をくれなかったのだ。だから、こっそり来た!」
無邪気に笑う王に、ロイルは溜息を吐いた。
「・・・とにかく、帰りますよ」
「嫌だ!ところでマリ―――――」
「『マリン』ならフタゴ橋です」
「そうかそうか。では余の優勝の瞬間を、是非見てもらわなければ」
「いや、ですから―――――」
ロイルが王の腕を掴もうとした時、司会者が一際大きな声を出した。
「よーし皆ー!準備はいいか?よーい・・・」
ぱふぉ〜〜〜〜〜・・・
気の抜けた角笛の音が響き、男達が一斉に川に向かって走りだす。
「あ!ちょっと、待って・・・」
王も、川に向かって全速力で走る。
あっという間に王は見えなくなってしまった。
呆然とするロイルを、邪魔だと言わんばかりに男達が押す。
もみくちゃにされ、気が付けば、ロイルは一人川辺に取り残されていた。
川に入った男達が冷たさに悲鳴をあげながら、それでも氷を割りながら進んで行く。
王の姿は見当たらない。「・・・・・」
頭を抱えるロイルに、司会者が無情な言葉を投げ掛けた。
「おーっと、どうした?この期に及んで怖じ気付いたか!?なんという臆病者!腰抜け!根性無し!!」
それに釣られた見物人達が、一斉に暴言を吐く。
「最低男ー!」
「帰れー!」
ロイルは口元を引きつらせながら、川に向かう。
足先を川に入れると、冷たいを通り越して、痛かった。
「ああ、そうか。国民が馬鹿なのは、国王が馬鹿だからか・・・」
その馬鹿な国民の一人であるロイルは、頭から川に飛び込み、男達をかき分けながら、猛烈な勢いで泳いでいった。