「聖女の雫」争奪戦 ①
『ドキッ!男だらけの寒中水泳大会〜ポロリもあるかも』
「・・・・・・・・・・え?」
ロイルは、目の前に差し出されたチラシに目を丸くした。
マリンとアンが商店街に買い物に行き、ホッとしたのも束の間、怪しいチラシを持って帰ってきた事に、ロイルは頭痛のする思いだ。
「・・・で、まさかこれに出場しろと言うのではないでしょうね」
「もう出場登録してきたわよ」
「・・・え」
当然のように言って、マリンはチラシの一文を指差した。
「ほら見て、ここ!『優勝商品は、なんとあの聖女の雫!』、ね!」
「いや、『ね!』って言われても・・・。なんですか?『聖女の雫』って」
するとマリンは、信じられないというように、目を大きく見開いた。
「知らないの!?まあなんという無知!公爵家の次男が、こんな有名な物も知らないとは。一体どんな教育を受けてきたのかしら」
「・・・・・」
ロイルは口元を引きつらせながら、アンに聞いた。
「アン、お前は知っているか?」
「ええ、有名でございますから」
「・・・・・」
アンがあっさりと言い切る。
マリンが勝ち誇った顔でロイルを見た。
「仕方ないわね。教えてあげるわ。『聖女の雫』とは、お酒よ」
「酒・・・ですか?」
眉を寄せ、首を傾げるロイル。
「そうよ。一口飲めばその美味さから、楽園で聖女に膝枕されている気分になると言われているお酒、それが『聖女の雫』よ。厳選された素材を用い、あの『マツロベー』が作ったの!出荷量の少なさから、幻の酒と言われ、その値段は庶民の年収の約十倍よ!って聞いてるの!?ロイル!」
もう『マツロベー』が何なのか訊く気も起こらず、ロイルはチラシをテーブルに投げ、グッタリとソファーに身を預けた。
つまりその酒を手に入れる為に、一年で最も寒いこの時期に、川に入って泳げと言うのだ。
「大体なんだ、『聖女の雫』という名は。聖女のどこから出ている雫だ?もの凄く卑猥な雰囲気がするぞ」
思わず口から出た言葉に、マリンが眉を寄せ、蔑んだ目でロイルを見た。
「卑猥なのはロイルでしょう?・・・まあいいわ。アン、アレを」
マリンの言葉に心得たとばかりに頷き、アンが小さな紙袋をロイルに渡す。
「・・・・・?」
何となく嫌な予感がしながらも、紙袋の中の物を取出したロイルは、驚愕した。
「何ですか!このやたら布地の少ない水着は!」
いわゆるビキニタイプの男性用水着であるが、大事なところを辛うじて隠す事ができる位の布地しかない。
横などは、もう紐である。
「参加者は、これを着用しなければいけない決まりなんですって」
ロイルはテーブルにあるチラシをもう一度見て、確信した。
この大会の主催は商店街だ。
寒いこの時期は皆必要以上には外に出ない、商店街の客も減る。
この大会で出来るだけ客を集め、儲ける気なのだ。
つまり、『ポロリもあるかも』ではなく、『ポロリさせる気満々』なのだ。
商店街は女性、しかも熟年女性を標的にしているのだろう。
ロイルは目頭を押さえて、溜息を吐いた。
「・・・実は、俺は泳げないのです」
「そう。じゃあ今から、川に泳ぎの練習に行きましょう」
「・・・いや、その、最近体調が悪くて―――――」
―――――バキッ!!
「ごちゃごちゃ言ってないで、覚悟を決めなさい!」
マリンがロイルの胸ぐらを掴み、顔を近付ける。
「いいこと?必ず優勝するのよ。負けたら許さないから!!」
「・・・・・」
ロイルは、こんな女と結婚させられた、自分の不幸を嘆いた。