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アンの恋 ⑧


 ―――――ガラーン!ガラガラガラガラガララーッ!!


「―――――!!」

 突然屋敷に響いた不快な音に、ロイルが飛び起きる。

 アンも起き上がり、驚いた表情をしてロイルを見た。

 ロイルはベッドから出ると、ドアに向かって歩く。


 ―――――ガラガラガララガラーンッ!!


 ドアを開けると、更に大きく聞こえる音に、ロイルが顔を顰めた。

 音の正体は、玄関にあるベルのようだ。

 そして、こんな事をする人物に、ロイルは心当たりがあった。

「・・・マリン」

 溜息を吐いて、嫌々玄関に向かうロイルの後を、アンが乱れた服を直しながら続いた。

 ロイルが階段を降りていくと、マリンが怒りの形相で、ベルを振り回していた。

 マリンは自分に向かって歩いてくるロイルに気付くと、ベルを床に叩きつけた。

「ロイルー!!ロイルロイルロイルロイルロイルー!!!」

 マリンがロイルに向かって走り、そのまま勢いよく体当たりをする。

 バランスを崩し尻餅をついたロイルの頬を、マリンは思い切り張り倒した。

「ロイルー!!なんで一人で勝手に帰るの!?私を置いていくなんて、信じられない!!」


 ―――――パンパンパンパンパンッ!!


 往復ビンタをしながら、マリンが絶叫する。

「酷いわ酷いわ酷いわ!ロイルの馬鹿!!」

 最後に、持てる力を全て込めて叩こうとしたマリンの手首を、ロイルが掴んだ。

「あー、マリン。すみませんでした」

 マリンがロイルの腹を蹴りつける。

 怒りの治まらないマリンを、内心舌打ちしながらロイルが抱き締めた。

「許して下さい。―――――マリン、愛してますよ」

 階段の踊り場でその光景を見ていたアンが、目を見開く。


 ―――――アン、愛しているよ。


 ロイルとマリンの姿が、在りし日の、兄と自分の姿と重なる。

「・・・・・兄様」

 アンの呟きに、ロイルが弾かれたように振り向く。

「・・・・・?」

 ロイルに釣られるように顔を上げたマリンは、アンの顔を見て絶叫した。

「キャァァァァァー!!アン!何よその顔は!!」

 ロイルを突飛ばし、ドレスの裾をたくし上げて、マリンが階段を駆け上がる。

 マリンは腫れた頬にそっと触れて、アンに詰め寄った。

「どうしたのこれは!?こんなに腫れあがって・・・!誰にやられたのか言いなさい!」

 答えないアンに焦れながら、マリンがロイルに視線を移す。

「ロイル!何ボケッとしてるの!?直ぐに医者を呼んでらっしゃい!」

 マリンはアンに視線を戻すと、その髪をいたわるように撫でた。

「可哀想に。どこのどいつか知らないけれど、私のアンをこんな目にあわせて、ただじゃ済まないわよ」

 マリンは再びロイルの方を向き、怒鳴りつける。

「ちょっと!早くなさい!」

 ロイルは呆れたようにマリンを見て、溜息を吐いた。

「はいはい。分かりました。アンのことは随分心配するんですね。俺と違って」

 自分への態度との違いに不満を漏らすロイルに、マリンは馬鹿にした感じで鼻を鳴らした。

「当たり前じゃない。アンは私の大切な友達なんだから」

 マリンの言葉に、ロイルとアンが目を見開く。

 二人共、マリンがアンを友達と認識しているとは、思ってもいなかったのだ。

「友達・・・ですか?」

「そうよ。何を今更言っているの?」

 呆気にとられるロイルと、眉を寄せ、首を傾げるマリン。

「・・・・・」

「・・・・・」

 そんな二人の微妙な空気を、小さな笑い声が打ち破った。

「・・・・・フッ」

 マリンとロイルが、驚いてアンを見る。

 アンは、瞳からボロボロと涙を流して微笑んでいた。

「アン、どうしたの?痛いの?」

 心配そうに顔を覗き込むマリンに首を振り、アンはロイルを真っ直ぐに見た。

「私・・・、もう少し、生きていてもいいですか?」


 ―――――二人の行く末を、見てみたいから


 意味が分からず首を傾げるマリンを尻目に、ロイルが穏やかに微笑む。

「アンが居ないと・・・、困る」

 アンが頷き涙を拭う。

「なに当然の事言ってるの?それより医者よ!!」

 アンを抱き締め、マリンがロイルを睨んで声を荒げた。

 マリンの腕の中で、アンはリカルドに語りかける。


 ―――――もう少しだけ、待ってもらえますか?


 マリンの騒がしい声を聞きながら、アンは静かに目を閉じた。


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