アンの恋 ⑥
ロイルは屋敷に向かってどんどん歩き、正面のドアを開けようとした。
―――――ガチャガチャッ!
しかし、鍵が閉まってる。
舌打ちをして屋敷の横手に行き、窓を剣の鞘で叩き割る。
派手な音がして、ガラスが飛び散った。
「おいおい、雑にやり過ぎだろう・・・」
呆れた様子のエリアスを無視し、ロイルは窓の鍵を開け、屋敷の中に入る。
割れたガラスを避けながら、エリアスも中に入った。
ロイルは部屋のドアを、無造作に開ける。
「これでは侵入した事に、すぐ気付かれるぞ。アンが危ないだろう」
ロイルはチラリとエリアスを見て、ドアを乱暴に閉めた 。
「・・・殺る気満々だな」
怖いなら帰れとロイルの目は語っていた。
エリアスはロイルと違い、剣の才能に全く恵まれなかった。
いざというときアンを守るどころか、自分を守る事さえ出来ないのだ。
ここは弟の腕を信用し、付いて行くしかないと、エリアスは溜息を吐いた。
少し歩いて、ロイルが立ち止まる。
「どうした?」
「声」
「声?」
聞こえるという事だろうと、耳を澄まそうとしたエリアスを置いて、ロイルは先に進む。
「おい、待て待て」
エリアスが焦って追いかけた。
ロイルは少し先にあるドアの前で止まり、ドアノブを握り、いつでも突入出来る態勢をとる。
ここまで来ると、エリアスの耳にもはっきりと声が聞こえた。
「・・・これで、全財産よ」
「全て?これで?」
「・・・ええ」
「そう、そうか・・・」
「・・・・・」
男の靴音が聞こえた。
「今までありがとう。君はもう・・・用無しだ」
ロイルがドアを勢いよく開ける。
続けてエリアスが部屋に入った時には、既にカイリは部屋の隅で仰向けに転がり、ロイルがその腹を踏みつけていた。
エリアスは、床に座り呆然としているアンに駆け寄り、抱き締める。
アンが虚ろな視線をエリアスに向けた。
「また・・・あなた達なの?どうして邪魔をするの?」
「・・・・・」
エリアスはアンの顔を両手で挟み、カイリの方に向けた。
「アン、よく見なさい。あの男はリカルドではない。カイリという詐欺師です」
「・・・・・」
「別人だ。アン」
「・・・・・」
アンはフッと身体の力を抜き、俯いた。
「ええ・・・、ええ、そうね・・・、そんな筈ないわ・・・」
両手をじっと見つめる。
「 だって・・・、だって、リカルド兄様は・・・、わたくしが殺したんですもの」
エリアスがアンを強く抱き締める。
「アン・・・」
「わたくしが殺したの。この手で。兄様も、父様も、母様も。皆。わたくしが殺した」
エリアスは、乱れたアンの髪を撫で、頬に流れる涙を指で拭った。
「行きたい。兄様と同じところに」
虚ろな目で立ち上がろうとするアンを、エリアスが止めようとする。
ロイルは舌打ちをして、カイリに蹴を入れ、アンのもとに向かった。
ロイルが右手を上げ、アンの頬に振り下ろす。
「ロイル!!」
大きな音がして、アンの方がみるみる赤く腫れあがっていく。
「何をするんだ!アン、大丈夫か?」
ロイルはアンから視線を外し、またカイリのところに戻る。
「兄さん、アンを屋敷に連れて帰って下さい」
エリアスは眉を顰めてロイルの背中を見て、その視線をアンに移した。
アンは頬を押さえ、戸惑った表情でロイルを見ていた。
「・・・・・」
エリアスは溜息を吐いて、アンの肩に手を置く。
「もう少し手加減をしろ」
エリアスが、アンを抱えるようにして、ドアに向かって歩きだす。
アンは抵抗する力を無くしたように、エリアスにされるがままになった。
二人が去ると、ロイルはカイリの顔を足で踏んで、視線を自分の方に強引に向かせた。
「まったく。余計な事をしてくれたな」
ロイルが剣を鞘から抜き、カイリの腕に突き刺した。
部屋に悲鳴が響き渡る。
「ああ、あの男に似ているな。アンが混乱する筈だ」
ロイルは腕から剣を抜き、カイリの頬に滑らせた。
「ヒ、ヒィィィッ!」
流れる血を冷めた目で見つめ、ロイルは口端を上げた。