アンの恋 ⑤
暗闇の中を、ランプの明かりを頼りに、小さな馬車が進む。
馬車の中に乗っているのは、ロイルとエリアスだった。
エリアスは苛つくロイルをチラリと見て、窓の外に視線を移した。
「最近は、よく笑って楽しそうにしていたのに」
「・・・・・」
「ロイルもしっかり見ていないと駄目じゃないか」
ロイルは弾かれたようにエリアスの方を向き、声を荒げた。
「じゃあ兄さんがアンに付いててやれば良かったじゃないか!あの我が儘女のお守りだけで、俺は手一杯なんだ!」
エリアスは耳を手で塞ぎ、眉を寄せた。
「分かった。悪かった。静かにしてくれ」
エリアスは溜息を吐いて額に手を当てた。
「それにしても・・・、あの子は男運が悪いな」
「・・・ああ」
アンと男の逢瀬を見たその日のうちに、ロイルはエリアスと秘密裏に会い、相談をしていたのだ。
ウェルター家の者を使い調べた結果は、最悪のものだった。
相手の男は名をカイリといい、優しい言葉で女に近付いて金を騙し取る、詐欺師であった。
その上、カイリと関わった女達には、行方不明になっている者もいた。
普段のアンなら、簡単に見知らぬ男に付いて行ったりはしないだろう。
しかし、タチの悪い偶然が、アンの心を揺さ振った。
「そんなに似ていたのか?あの男に」
エリアスの問いに、ロイルは溜息を吐いた。
「ああ、カイリと言ったか?一瞬あの男かと思って、驚いた。よく見ると別人だったが」
「・・・そうか」
「兄さん、あの調書には書かれていなかったが、アンがカイリに渡していた金は・・・」
「遺産だ。あの子の『両親』のな」
それから二人は無言で馬車に揺られた。
今夜、アンとカイリは会う約束をしている。
そこでアンを一人にして、外出しやすい状況を作り、邪魔なマリンは実家で泥酔させたのだ。
馬車が止まった。
御者をしていた、ロイルのもとに使いとしても来た初老の男が、ドアを開ける。
「あそこか?オキ」
「はい」
エリアスは、少し先にある屋敷を顎でしゃくった。
男―――――オキが頷く。
「行くか、ロイル」
「―――――ああ」
ロイルは腰に下げた剣を確認するように、軽く左手で触れ、歩きだす。
その後をエリアスが続く。
オキが二人の背中に向かって静かに頭を下げた。