アンの恋 ④
アンが男と会った日から数日後、ロイル、マリン、アンの三人は居間でお茶を飲んでいた。
ロイルはマリンに、先日見た光景を他言しないように、アンに恋人の事を訊かないようにと言い含めていた。
マリンは不満そうだったが、ロイルが「今はそっとしておくべきですよ。マリンが口出しする事で、破局したらどうするんです?」と言うと、渋々了承した。
ロイルはお茶を飲みながら、チラリとアンを見た。
楽しそうに笑い、一人話すマリンに、曖昧に微笑み頷くアン。
あの日以来男には会っていないようだが、相変わらず様子がおかしい。
ロイルは男の顔を思い出し、苛つく気持ちを拳を握りしめて押さえた。
―――――カラン、カランカラン・・・
その時、玄関からベルを鳴らす音が聞こえてきた。
アンが立ち上がり、部屋から出ていく。
「ねえロイル、アンが結婚する事になったらどうするの?アンが出ていくなんて嫌よ。やっぱり夫婦でこの屋敷に住んでもらうのが、いいわよね」
呑気なマリンに溜息を吐き、ロイルはカップを置いた。
暫くすると、ノックと共にアンがドアを開けて入ってくる。
「ロイル様、エリアス様のお使いの方がおみえです。大事な書類があるので直接お渡ししたいと―――――」
アンの言葉が終わらぬうちに、ロイルは立ち上がりドアへと向かう。
「分かりました。アンはマリンをお願いします」
ロイルは階段を降りると、待っていた初老の男に声をかけた。
「書斎へ」
男が軽く頭を下げたのに頷き、再び二階に向かう。その後を男が続いた。
書斎に入ると、ロイルは男から封筒を受け取り、中身に目を通す。
読み進むにつれ、ロイルの顔が険しくなっていった。
「・・・これは、確かなのか?」
「はい」
肯定し、頭を下げた男を一瞥して、ロイルはまた紙に視線を戻す。
書かれている内容を疑った訳ではない。
昔からウェルター家の為に働いているこの男が調べたのだ。間違った情報の筈が無い。
ロイルは紙を封筒に戻すと、男に渡した。
「・・・分かった。馬車で待っていてくれ。それとその封筒は処分するように」
男が頭を下げ、部屋から出ていく。
ロイルは溜息を吐き、頭を掻き毟ると、立ち上がり居間へと向かった。
居間のドアを開け、無理矢理笑顔を作る。
「マリン、父が、良い酒が手に入ったので遊びに来ないか、と言っているそうなのですが、どうしますか?」
「え!お酒!?」
酒と聞いた途端、マリンの顔が綻ぶ。
「行く!行くわ!」
ロイルはアンに視線を移す。
「アンも一緒に行きましょう」
するとアンは視線を彷徨わせ、俯く。
「いえ・・・わたくしは・・・」
「遠慮する事は無いんですよ。今夜は実家に泊まりましょう。馬車を待たせているので早く行きますよ」
ロイルは寄ってきたマリンの肩を抱き、開けたままだったドアから出る。
「あの・・・、ロイル様」
遠慮がちに声を掛けられ、ロイルが振り向いた。
「わたくしは・・・、用事があって・・・」
「用事?それは何ですか?」
「・・・。掃除や買い物にも行きたいですし・・・」
ロイルは目を細め、アンを見つめた。
アンは俯いたまま、顔を上げようとしない。
「・・・分かりました。戸締まりはきちんとして下さい」
「・・・はい」
「そんな!アンも一緒に行きましょうよ!」
頬を膨らませるマリンを宥めつつ、表に待たせてあった馬車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃいませ」
アンが頭を下げ、馬車が動きだす。
ロイルはアンのきっちり結われた髪を見ながら、そっと溜息を吐いた。