アンの恋 ②
ここ数日、アンの様子がおかしい。
ロイルは書類を前にペンを握りながらも、仕事に集中出来ずにいた。
マリンは呑気に『恋煩いかしら?』などと、楽しそうに言っているが、ロイルにはそうは思えなかった。
溜息を吐いてペンを置き、頬杖をつく。
今のアンは、まるで―――――。
「・・・調べた方がいいな」
ロイルが思わず漏らした呟きを、ソファーに座ってお茶を飲んでいたマリンは聞き逃さなかった。
「何が?」
マリンの問いかけに、ロイルは我に返ると、慌てて笑顔をつくった。
「この書類ですよ。おかしな所があるので、調べないといけません」
「ふーん。そう」
書類などに興味の無いマリンは、カップのお茶を飲み干すと、おかわりをしようとティーポットを手に取った。
「あら?」
しかし、ポットの中身は既に空になっていた。
マリンはポットを手に持ったまま立ち上がり、廊下に続くドアを開けた。
「アンー!アンー!何処にいるのー?お茶のおかわりをちょうだいー!アンー?」
返事が無い事に首を傾げつつ、マリンはアンの名前を連呼しながら、部屋から出ていった。
ロイルはアンの最近の様子について、考える。
家事は辛うじてこなしているが、ボウっとする事が多く、表情が減っている。そして何より目だ。
「まるで昔に戻ったような・・・。しかし何故今更・・・?」
今と同じような暗い瞳のアンを、見た事がある。
二人が初めて出会った頃・・・。
ロイルは髪を掻き上げ、書類を机の隅に積み上げると、気分転換に外の景色でも見ようと、窓辺に立つ。
窓を開けて冷たい風を頬に浴びていると、玄関のドアが開くのが見えた。
「・・・・・?」
出てきたのはアンだった。
アンは暫くと空を眺めて、フラフラと門へと歩き始めた。
「アン・・・」
ロイルが眉を寄せその様子を見ていると、部屋のドアが開いて、ティーポットを持ったマリンが入ってきた。
「あら、何してるの?」
マリンはロイルの傍に立ち、同じように窓から外を見た。
「ああ、アンね。『ちょっと出掛けます』って」
ロイルはチラリとマリンを見て、また視線をアンに戻した。
「何処に行くと言っていましたか?」
「そんなの訊いてないわよ。恋人に会いに行くんじゃなくって?」
「・・・・・」
ロイルは身を翻すと、机の横に立て掛けてあった剣を掴んだ。
「ロイル・・・?」
「出掛けます。マリンは家で大人しくしていて下さい。誰か来ても、ドアを開けてはいけませんよ」
部屋から出て行こうとするロイルに、マリンが目を見開き、慌てて追いかける。
「ちょっと!何処行くのよ!」
「仕事です」
「嘘おっしゃい!アンを尾行する気ね」
マリンはロイルの前に立ちはだかり、頬を膨らませた。
「ずるいわ!自分だけアンの恋人を見ようだなんて!私も行くわよ!」
「マリン・・・」
ロイルは溜息を吐いて、マリンの髪を撫でた。
「すぐ帰って来ますから、いい子に―――――!!」
ロイルが素早くマリンから離れる。
マリンが熱々のお茶が入ったティーポットを、傾けたからだ。
お茶は、一瞬前までロイルがいた場所に、ぶちまけられた。
「マリン!!」
「絶対私も行くから!」
ロイルは舌打ちをすると、マリンを押し退けるようにして、部屋のドアを開ける。
「待ちなさいってば!!」
マリンがティーポットを、ロイルの後頭部めがけて投げつけた。