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フィーバー!! ③

「マリン」

「・・・・・・・・」

「マリンさん」

「・・・・・・・・」

「そのカバン重いでしょ。持ちますよ」

「・・・・・・・・」

「ねぇ、マリン」

「・・・・・・・・」


 商店が立ち並ぶ賑やかな場所を、大きなカバンを引きずって、マリンは少しずつ、少しずつ、移動する。

 札束がぎっしりと詰まったカバンは想像以上の重さで、マリンには持ち上げる事さえ出来ず、引きずって移動するのももう本当は限界だった。

 カジノからの帰り道。ロイルを散々殴ったにも関わらず、マリンの機嫌はすこぶる悪かった。

「夜になってしまいましたね。アン、心配してるんでしょうね。昼過ぎに商店街に買い物に行くって家を出たのに、いつまで経っても帰らないんですものね。お腹もペコペコでしょうね。かわいそうに」

「・・・・・・・・」

「カバン、引きずって歩くのもう無理でしょ?というか、こんな所まで引きずって移動したあなたの根性に感服致しました。でもそろそろ俺に預けてくれませんか?このままでは朝になっても家にたどり着けませんよ」

「・・・・・・・・」

「先程カジノでも何度も言いましたけどね、普通はそんな大金自分で持って帰らないんですよ。銀行に振り込んでもらうか、せめて自宅に届けさせればよかったんです」

「・・・・・・・・」

 マリンの歩みが止まった。

「あ、俺に預ける気になりましたか?」

 ところが、マリンはおもむろにカバンを開けると札束をひとつ取り出して、それをロイル突き出した。

「酒」

「・・・買って来いと?」

「酒」

「・・・ひとりになるのは危険です。カバンは俺が持つので一緒に店に行きましょう」

 そう言ってカバンを持とうとしたロイルの手を、マリンが乱暴にはらう。

「私のお金に触るな」

「・・・・・・・・」

 ロイルはため息をつくと、じっと何かを思案するように真剣な表情でマリンを見た。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 無言で何か考えるロイルの様子にマリンは少し怖くなり身を引く。

「・・・まあ、いいでしょう」

 ロイルはマリンの持っている札束を手にすると、ポケットに無造作に突っ込んだ。

「約束です。何があってもこの場所から離れない。いいですか?」

「・・・・・・・・」

「いいですね」

「・・・・・・・・」

「返事は?」

「・・・はい」

 渋々頷いたマリンにロイルは屈んで目線を合わせると、ニッコリ笑って額にキスをした。

「すぐに帰ってきますからね」

 そしてロイルは人混みの中へと消えた。






「―――遅い!!」

 道のど真ん中でカバンを椅子代わりにして座り、イライラと髪を掻き回す。

 マリンは非常に目立っていた。

 邪魔な場所に座っているにもかかわらず、その美少女の異様な雰囲気に、人々はマリンを避けるように足早に通り過ぎる。

「お酒買って来るだけに何分かかってるのよ、もう!」

 すぐ帰ると言って去ったロイルは一体どこまで行ったのか、まだ帰って来ない。

 マリンはため息をついて両足を前に伸ばした。

「疲れちゃったなー」

 足を交互にプラプラ動かす。

「・・・お腹すいた」

 先程から食べ物の美味しそうなにおいが漂ってきている。

 マリンのお腹がグゥッと鳴った。

「・・・・・・・・」

 マリンは前方にある屋台を見る。一口サイズのカステラをを売っているようだ。

 そういえば以前あの屋台のカステラをロイルが買ってくれた。その時の甘い味を思い出して思わず溢れる唾液を飲み込む。

「・・・・・・・・」

 ロイルには動くなと言われたが、屋台はすぐそこだ。これ位の距離なら問題無いだろう。

 そう判断して立ち上がり、カバンの中から紙幣を一枚だけ取り出すと、マリンはカステラ屋台に向かって歩きだした。






「おじさーん!カステラ、えっと、三十個!ちょーだい」

「いらっしゃい、マリンちゃん。今日も可愛いね」

 屋台の親父はそう言ってカステラを入れる袋を手にする。

「あれ?私の名前、なんで知ってるの?教えたっけ?」

 不思議そうに首を傾げるマリンに、屋台の親父は思わず軽く吹き出す。

「そりゃ、マリンちゃんは有名人だからね」

「有名人?私が?なんで?」

「まぁ、何と言うか・・・色々目立つからね」

「色々目立つ?」

「ハハハ――――ほら」

 笑って誤魔化すと親父はマリンにカステラの入った袋を渡した。

「オマケ、しといたよ」

「わ!ありがとう。はい」

 マリンは袋を受け取ると、持っていた紙幣を親父に渡した。

「万札か。ちょっと待ってすぐお釣用意するから」

 親父は屋台の右奥に置いてある箱の所に行くと、蓋を開ける。そこに紙幣のお釣が用意してあった。

「えーっと一・二・三 ・・・よし、お待たせ。はいお釣―――って、ん?」

 親父は眉を寄せるとマリンに向かって手招きするように手を振った。

「おい、あれってマリンちゃんの荷物じゃないのかい?さっき座ってたよな」

「――――え?」

 マリンが促されて置いてきたカバンの方を見ると、十代後半位の見知らぬ少年がマリンのカバンの中を覗いていた。

「な・・・!ちょっとそこのあなた!それは私のカバンよ!触らないでちょうだい!」

 マリンはカステラの袋をを親父に押し付け、叫びながらカバンに向かって猛ダッシュする。

 カバンを覗いていた少年は、マリンの声にビクリと身体を震えさせると、顔を上げる。

 二人の視線がぶつかった。

 次の瞬間、マリンには予想外の事が起こった。


「――――えぇえええええ!?」


 少年がマリンのカバンを抱えて踵を返し、猛ダッシュしたのだ。

「えっ!ちょっ!待ちなさいよぉぉぉ」

 叫びながら追いかけるが、差は広がるばかり。

 人混みに紛れてすぐに見えなくなってしまった。

 マリンは呆然と立ち止まって肩で息をする。

 暫くそうして立っていたが、やがて息が整うと、両手の拳を思い切り握り、力の限り叫んだ。


「あぁぁぁぁああああああ!!!!!――――んが!」


「うるさいですよ。静かにしてください」

 突然口を手で塞がれて、マリンが苦しさに藻掻いた。

「うぅーー!!」

「はいはい、静かにしましょうね」

 ロイルは右手でマリンの口を塞いだまま、引きずるように先程の屋台の前まで連れて戻った。

 屋台の前にはカステラの袋を持った親父が立っていて、マリンの姿を見て、ほっとしたように息を吐いた。

「マリンちゃん。無事だったんだね。走って行っちゃったから心配したんだよ」

「はい、大丈夫です。ご迷惑おかけしました」

 マリンの代わりに応えてから、ロイルはマリンの口を塞いでいた手を外した。

 マリンが大きく息を吸う。

「大丈夫じゃなぁぁい!お、お金、私の、盗られ、――――」

「あぁ、そうですね。あ、ありがとうございました」

 後半は屋台の親父に向けて言い、ロイルはお釣を受け取ってポケットに入れ、それからカステラの袋を受け取り左手に抱えていた袋の中に押し込んだ。

「そうですねって、何それ!?早く追いかけなさいよ!」

「さぁ、帰りますよ」

 ロイルはマリンの肩を抱くと、歩きだした。

「逆!逆!あっち行ったの!早く捕まえて、いや、もう、斬り捨ててしまって!」

「斬っちゃ駄目でしょ」

「その腰の剣は何の為にあるの!?あなた、それでも騎士!?」

「確かに『元騎士』ではありますけどねぇ」

「元でもなんでもいいから早く捕まえなさい!」

 マリンは自分の肩を抱いている手を振り払って、ロイルの顎に向かって拳を振り上げる。

 しかし、それはロイルの右手の平で軽く受け止めらてしまった。

「せっかく買ったお酒が割れてしまいますよ。お肉とパンも買って来たんですよ。早く帰ってアンに調理してもらいましょう」

「今はそんな事よりお金でしょ!!」

 ヒステリックに叫ぶマリンの肩を再び抱き、ロイルは歩きだす。

「ちょっと!やめて!あのカバンに何億入ってると思ってるの!?私、あのお金バスタブに入れて、札束風呂に入るんだから!もう!離しなさいよ!」

「はいはい」

「ロイル!」

「――――言った筈ですよ」

「なにが!?」

 ロイルはマリンの瞳をみてニッコリと笑う。

「『危険』だと」

「はあ!?」

 そしてロイルは前を向いた。

「あー、お腹と背中がくっつきそうです。」

「・・・なによそれ?どういう意味?」

「つまり、空腹過ぎて腹がぺったんこになり背中につきそうだという意味で・・・」

「ちがーう!そっちじゃなくて『危険』の方!」

「言葉の通りです」

「・・・・・・・?」

 マリンは眉を寄せてロイルの横顔をじっと見た。

 暫くそのまま歩いていたが、不意に一つの可能性に気付き、マリンは目を見開いた。

「まさか、こうなるって知っていたの?」

「大金を持っていたら狙われやすいのは常識ですよ。何度も注意した筈ですが」

「なによ!そんなの知らないわよ!」

「・・・まったくもう・・・」

 ロイルはマリンの肩を抱いている手をマリンの頭に移動させ、黄金に輝く髪を梳く。

「まあ、それはいいとして、お金!なんとかしてよ!取り返して!」

「ほらもう家に着きますよ。あ、ほら、門の前にアンが居ます。――――アン!」

 マリンの言葉を無視してロイルは門の前に立っている人物を呼んだ。

「マリン様!、ロイル様!」

 声に気付いた人物――――アンが、二人に走り寄って来た。


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