兄、襲来 ②
二人が部屋から出ていくと、ロイルはホッと息を吐き、背もたれに身体を預けた。
「・・・疲れる」
エリアスは口角を上げて腕組みすると、足を組んだ。
「仲睦まじいようだな」
「ふざけるな。俺の努力をもっと誉めろ」
ロイルは冷めたお茶を喉に流し込んだ。
「でも、そろそろマリンちゃんに敬語はやめたらどうだ。お前は本当に人見知りが激しいな。まだ慣れないのか?もうすぐ結婚して一年だろう」
「一年・・・」
ロイルが遠い目をして呟く。
「まだ一年しか経っていないのか」
「マリンちゃんは『外』での暮らしに、恐ろしい程適応したな。さすがあの方の御子だ」
「お得意の『馬鹿最強説』か?」
エリアスはプッと吹き出すと、目を細めてロイルを見た。
「・・・子供を作れ。孫の顔が早く見たいそうだ」
ロイルは眉を顰めた。
「冗談じゃない」
「いいぞぉ、子供は。可愛いぞ。最高だぞ」
「嫌だ」
「やることやってるくせに、子供はいらんなど、我が儘言うな」
ふてくされ横を向くロイルにエリアスは苦笑する。
「愛する妻と子供のいる生活は楽しいぞ」
「愛していれば、な」
「おや、愛していないと?」
「・・・・・?」
訝しげに自分を見るロイルに、エリアスは優しく笑う。
「・・・にぶい子だ」
ロイルが口を開こうとした時、バタバタと足音が聞こえ、ドアが開いた。
「ロイル!ねえ見て!首飾りに合わせて着替えたの!」
再び現れたマリンは、いつもとは違う豪奢なドレスを着て、髪を結い上げていた。
ロイルはそんなマリンの姿に一瞬驚くが、すぐに笑って立ち上がった。
「綺麗ですよ、マリン」
「ウフフ、惚れ直した?」
マリンがロイルに抱きつく。
「ええ」
エリアスは抱き合う二人に微笑むと、残っていたお茶を飲み干して立ち上がった。
「さて、帰ろうかな。昼からは、また城で仕事だしな。じゃあな、ロイル、マリンちゃん」
「あら、もう帰るの?」
「さっさと帰れ」
エリアスはヒラヒラと手を振り、アンが開けたドアから出ていく。
その後をアンがついていく。
エリアスは玄関まで行くと立ち止まり、振り向いた。
「まったく、あの子は図体ばかりでかくなって、中身は子供のままだ。そう思わないか?」
返答に困り苦笑するアンを、エリアスは抱き締めた。
「頼りにしてるよ。あのお子ちゃまを支えてやってくれ」
エリアスはアンの額にキスをして、身体を離した。
「ああ、それと例のもの、急ぎだから、ちゃんとロイルに渡すように」
「はい、エリアス様」
微笑むアンの頬を撫で、エリアスは帰っていった。
残されたアンは階段をのぼり居間の前まで戻ると、ドアをノックした。
「失礼します」
ドアを開けると、ソファーの上で抱き合うマリンとロイルの姿が見えた。
「お取り込み中に申し訳ありませんが、エリアス様から預かっているものがございます」
アンは廊下に置いてあったカバンを室内に引き摺り入れた。
ロイルが眉を寄せ、マリンを押し退ける。
「何ですかそれ、まさか!」
ロイルはカバンに走り寄ると、慌てて中身を確認した。
「・・・・・」
中にぎっしり詰まっていた書類に呆然とするロイルに、アンは止めとなる言葉を告げた。
「明日の昼までに仕上げるように、とのことです」
徹夜が決定し、ガクリとうなだれるロイルにマリンが寄ってきて、背中に蹴りをいれた。
「もう!ちょっと何よ!こんな状態で放っておかないでよ!」
乱れたドレスを整えながら、マリンがゲシゲシと背中を蹴りつける。
「マリン様、ここでは狭いですから、寝室に移動されてはいかがですか?」
「そうね。行くわよ、ロイル」
女二人に引き摺られるようにして、ロイルは寝室へと連れていかれた。
服を脱がせようとするマリンとそれを手伝おうとするアンに、ロイルは盛大な溜息を吐くと、自ら服を脱ぎ捨てた。
「アン、下がっていいですよ」
少々乱暴に、マリンをベッドに押し倒すロイルに頭を下げ、アンがドアに向かう。
「ねえ、愛してる?」
「もちろんです。俺の可愛いマリン」
投げ遣りな気分で答え、いっそのこと、仕事の邪魔をされないように、足腰立たなくしてやろうと決意して、ロイルはマリンの胸に、噛み付くようなキスをした。
―――――パタ・・・ン
アンが静かにドアを閉めた。