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兄、襲来 ①

 朝食後、居間でお茶を飲んでいると、玄関からベルの音が聞こえた。

「あら、お客様のようですわ」

 アンが立ち上がり、部屋から出ていく。

 ロイルは新聞を読んでいた。

 マリンはソファーに寝転んで、ロイルの膝に頭を乗せて、『これであなたも億万長者!カジノ必勝法』というタイトルの本を読んでいた。

 ウェルター家では珍しく、穏やかな朝であった。

 暫くするとアンが戻ってきて、申し訳なさそうに眉を下げて二人に声をかけた。

「あの・・・、ロイル様、マリン様・・・」

 二人が顔を上げる。

「なんですか?アン」

 ロイルはなんとなく嫌な気配を感じながら、新聞を畳んでテーブルに放り投げた。

「エリアス様がいらっしゃって―――――」

「追い返しなさい」

 速攻で言い放つロイルに、アンが益々申し訳なさそうに少し首を傾げた。

「それが・・・」

 言いにくそうにしているアンの後ろから、ロイルと同じ茶色の髪と瞳の男が、ヒョイと顔を出した。

「酷いなロイル。折角可愛い弟と義妹に会いにきたのに」

 エリアスはロイルより細身の身体と優しい顔立ちをしていて、眼鏡を掛けて長い髪を後ろで緩く縛っていた。

「帰れ」

「あら、エリアスいらっしゃい」

「おはよう。マリンちゃん」

 エリアスはアンを押し退けて部屋に入り、ソファーに座った。

「アン、お茶下さい」

「・・・かしこまりました」

 アンがロイルの顔色を伺いつつ去っていく。

 ロイルは寝転んだままのマリンの身体を起こしてソファーに座らせた。

「何しに来た?」

 エリアスは大袈裟に溜息を吐いて、こめかみに指を当てた。

「冷たいなぁ。面白い話があるから教えてあげようと、わざわざ仕事帰りに寄ったのに」

「どうせ碌でもない話だろう?帰れ」

 エリアスはスッと目を細めて笑うと、マリンを見た。

「実はね、マリンちゃん。これは箝口令が敷かれているから内緒の話なんだけど・・・」

「じゃあ、話すな」

「先日、王の私室に泥棒が入ったんだよ」

「・・・・・」

 ロイルはエリアスを燃える様な瞳で睨み付け、何かを言おうとしたマリンの口を掌で塞いだ。

「なんでも、仮面とバニーガールの衣装を着て鞭を持った女と覆面をした男の二人組だったらしいのだけど、大胆にも国宝を盗もうとしたらしいよ。私も夜中だというのに緊急に呼び出され、大興奮のバ・・・陛下をなだめて、それはもう大変だったんだよ。その後も只でさえ忙しいというのに、事後処理までやらなくてはいけなくて、今日もね、こんな朝になってようやく一時帰宅。可愛い娘が生まれたばかりだというのに」

 そこでノックの音がして、アンがお茶を持って室内に入った。

「ああ、ありがとう」

 エリアスはテーブルに置かれたカップを手に取って、お茶を一口飲んだ。

「うん、美味しい。以前は信じられない程不味いお茶を入れてたのに、頑張ったね。ロイルに虐められてないかい?」

 アンは静かに首を振って微笑んだ。

「そう?嫌になったらいつでも帰ってきていいんだよ」


 ―――――バキッ!


 マリンがロイルを殴りつけた。

「ちょっと何するのよ!苦しいでしょう!」

 持っていた本の背で更にロイルを殴りながら、マリンはエリアスに訊いた。

「『帰る』って何?」

「兄さん、余計な事は教えないで下さい」

「お黙り!ロイル」

 エリアスはクスクスと笑って、テーブルにカップを置いた。

「アンは、うちに住んでいたんだよ。知らなかったんだ」

 マリンは目を見開いてアンを見た。

「そうなの?アン」

 アンが苦笑して、マリンに軽く頭を下げる。

「・・・・・」

 マリンの顔から表情が消え、ロイルを殴る力が強くなった。

「痛い痛い痛い!マリン!」

「ハハハ、マリンちゃんアンに嫉妬してるのかい?可愛いねぇ」

「兄さん!」

 ロイルはマリンの手から本を取り上げると、部屋の隅にほうり投げた。

「あー、マリン・・・」

 膨れっ面のマリンを膝に乗せて、頬にキスをする。

「アンは実家で少しの間だけ、行儀見習いをしていたんですよ。たいした事ではないので、言うの忘れていました」

「・・・・・」

 プイと横を向いたマリンの髪を撫でながら、ロイルはエリアスを睨み付けた。

 そんな怒りの視線を軽く無視したエリアスは、優雅にお茶を飲むと、パンッと手を叩いた。

「ああ、そうだ。マリンちゃんに渡す物があったんだ」

 エリアスは上着のポケットから無造作に何か取り出すと、それをポンとテーブルの上に置いた。

 マリンとロイルが驚き目を見開く。

「―――――まあ!」

「・・・兄さん」

 それは、王の私室から逃げ出す時に、マリンが落とした首飾りだった。

「『ある御方』からマリンちゃんへ贈り物です」

 マリンは首飾りを手に取り、微笑んだ。

「あの馬鹿も、たまには気が利くじゃない」

 ロイルが額に手を当てて唸った。

「・・・国宝だぞ。駄目だろう?何を考えているんだ」

「何も考えてないんだろう?私もちゃんと説得したが、あの方はまったく理解が出来ないんだ。最後には手足をばたつかせて駄々をこねた。私はもう知らない。勝手にしてくれ」

 投げ遣りな態度のエリアスにほんの少し同情しつつ、マリンに視線を向けると、マリンがロイルに首飾りを渡して長い髪を両手で持ち上げた。

「ああ、分かりました」

 ロイルが首飾りをマリンの首にかける。

「どう?似合う?」

 首を傾げて訊くマリンの髪を整えてやりながら、ロイルはニッコリと笑った。

「ええ。とても綺麗ですよ。鏡で見てみたらどうですか?」

「そうね」

 マリンは立ち上がると、鏡のある寝室へ行くため部屋から出ていく。

 アンが慌ててその後をついていった。


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