出没!王都の母
商店街の路地裏で、ベールを被った女が椅子に座っている。
男は女に近付くと、その前にある椅子に座り、テーブルに頬杖をついた。
女は一瞬ビクリと身体を揺らしたが、直ぐに何事も無かったかのように静かに男を見る。
「占って欲しいのですが。最近妻が俺に黙って怪しい商売を始めたのです。どうすればよいのでしょうか?」
女は頷くと、男の手を取って、その掌を見た。
「・・・分かりました。あなたは少々細かい事にうるさいようですね。もっと大きな心で奥様を見守ってあげるとよいでしょう。お小遣いを沢山あげると夫婦仲も良好になります。そして―――――」
女は足下に置いてあった袋から壺を取り出すと、テーブルに置いた。
「この幸せの壺が、全ての災厄からあなたを守ってくれるでしょう。今なら特別に五万インで差し上げます」
男はその壺を手に取ると、女をじっと見た。
「この壺、うちの居間に飾ってあったのとそっくりですね」
「気のせいです」
男は呆れたように溜息を吐くと、壺を置いて女の手を握った。
「マリン、何やっているのですか?」
女は男―――ロイルの手を振り払うと、首をブンブンと振った。
「ち、違います!わたくしは『王都の母』です!マリンなどという者は知りません!」
「何ですか?その名前」
ロイルは女が被っているベールを取り上げた。
「自分が騙されたのと同じ方法で他の人たちを騙すなんて、いけませんよ。まったく、変な学習能力身に付けて・・・」
マリンは開き直って腰に手を当て、ロイルを睨んだ。
「そんなの騙される者が悪いのよ!」
「はいはい。帰りますよ。この椅子とテーブルは果物屋さんから借りたんですね」
頬を膨らませるマリンの手を引っ張り立ち上がらせると、ロイルは椅子とテーブルを担いで果物屋に向かった。
その後ろを壺の入った袋を振り回しながら、マリンが続く。
ロイルはそんなマリンをちらりと見て呟いた。
「あの壺がいくらするか、まったく分かっていないのだな。五万インなんて端金で買える代物では無いのだが」
果物屋の前にテーブルを置くと、マリンがその上に乱暴に壺を投げた。
「苺ジュース!」
「・・・はいはい」
骨董品の価値が分からないマリンに、ロイルは溜息を吐いたのだった。