ラッキーアイテム ⑩
狭く暗い衣裳箱の中で、マリンは自分の両肩を抱いて、恐怖と震えを必死に抑えていた。
「ロイル・・・ロイル・・・」
愛しい男の名を呟くと、涙が次々と溢れ、衣裳箱に入っていた布にシミを作った。
閉じ込められた当初、蓋を開けようと押してみたり、大声を出したり、中から何度も叩いたりしたが、ロイルは帰って来なかった。
不安が段々と恐怖にかわっていく。
もしかしたらこのままロイルは自分の許に帰って来ないのではないか。
自分は捨てられたのではないか。
いや、そんな筈はない。
心の中で同じ問答を繰り返す。
マリンは、詐欺のことも暗殺のことも忘れて、愛する男を想い涙を流した。
「ロイル・・・・・」
何度も口にした名をまた呟いた時、ガタガタと衣裳箱が揺れた。
「―――――!!ロイル!?」
マリンは期待に目を輝かせて顔を上に向けた。
ゆっくりと蓋が開けられる。
マリンは笑顔になり、開けられた隙間に両手を伸ばした。
しかし、次の瞬間―――――。
「―――――きゃあ!!」
衣裳箱の蓋が一気に開けられ、マリンは頭から布を被せられた。
「嫌!助けてロイル!!」
身体がフワリと浮き上がる。
何が起こったか分からず藻掻くマリンの耳に、聞き慣れた声が届いた。
「はいはい。ちょっといい子にして下さいね」
マリンはピタリと動きを止めて、目を見開いた。
「・・・ロイル?」
「長い時間待たせてしまいましたね。寂しかったですか?さあ、帰りますよ。暫く大人しくしていて下さい」
ロイルはマリンの顔に被した布を、取れないようにしっかりと結んだ。
「何?やめて・・・」
不安気に布を取り払おうとするマリンを肩に担ぎ上げ、ロイルは走った。
途中で放り投げてあったバスケットを拾い、屋敷から少し離れた場所まできて、やっとマリンを肩から降ろした。
顔を覆っていた布を取ると、涙でぐちゃぐちゃの顔が現れた。
「目が腫れてしまいましたね」
指でそっと涙を拭うと、マリンが抱きついてきた。
「ロイル・・・!」
震える身体を抱き締めて、ロイルはその背を撫でる。
「ロイル!ロイル!どうして私を置いていったの、馬鹿ぁ!」
マリンが拳でロイルの胸を叩く。
「もう・・・帰って来ないかと思った・・・!」
ロイルはマリンの両頬を両手で包み込み、屈んで視線を合わせた。
「そんなことあるわけないですよ」
マリンの腫れた両瞼に軽くキスをして、最後に唇にキスを落とした。
「伯爵を説得するのに時間が掛かってしまいました。でももう心配ありませんからね。暗殺は阻止できました」
暗殺のことなどすっかり忘れていたマリンは、ハッとしてロイルを見た。
「さあ、帰りましょう。すっかり夜になってしまいましたね」
ロイルは地面に置いてあったランプとバスケットを持った。
ランプに照らされたロイルの姿をよく見ると、今日着ていた服の上に見たことのないコートを羽織っていたが、マリンはロイルに会えた喜びで一杯で、そんなことにはまったく気付かなかった。
ロイルがマリンの肩を抱くと、マリンが身体を擦り寄せてきた。
「・・・何処にも行かないでね、ロイル」
「ええ、勿論ですよ」
マリンの額にキスをする。
「愛してます。俺の可愛いマリン」
ロイルはニッコリと笑った。
「ラッキーアイテム」は、これで終わりです。ありがとうございました。
次話もよろしくお願いします。