ラッキーアイテム ⑨
ソファーに座り、酒の入ったグラスを傾けて、バータ伯爵は満足気な笑みを浮かべた。
もうすぐこの国が手に入る。
込み上げてくる笑いが抑えられず、バータはでっぷりとした腹を撫でながら、ひとしきり笑った。
そしてもう一度グラスに酒を注ごうとした時、扉の外が騒がしいことに気付いた。
「・・・何だ?騒々しい」
バータは眉を顰めて部屋の隅に控えていた男に声を掛けた。
「おい、見てこい」
「―――――へい」
男は頷くと、扉を開けて出ていった。
それから暫く、バータは静かに酒を飲み、次第に喧騒もおさまってきた。
―――――コンコン。
ノックの音がして、バータは扉を見た。
「入れ」
扉が開かれる。
「遅かったな。何かあったの・・・」
その先の言葉が続かなかった。
バータは驚きに目を見開く。
持っていたグラスは床に落ち、高価な絨毯にシミを作った。
開かれた扉のそばに立っていたのは、先程の男ではない、剣を握った全身血塗れの男―――――。
「やあ、バータ伯爵。久し振りですね」
ロイルはニッコリ笑うと、ずかずかと室内に入り、バータ伯爵の前のソファーに座って剣を無造作に傍らに投げた。
「ああ、疲れました。沢山雇ってましたね。思ったより数が多かったので、時間が掛かってしまいましたよ。あ、その酒戴いてもいいですか?久し振りの運動で喉がカラカラです」
ロイルはバータの返事も待たずに酒のボトルを掴むと、直接口をつけて飲んだ。
「美味い酒ですねぇ。マリンに持って帰ったら喜ぶでしょうね」
手の甲で口を拭うと、ロイルは長い足を組んでバータを見た。
「こんなところにも屋敷を持ってたんですね。知りませんでした。一体どれだけ屋敷があるんですか?せこいことばかりやってる割りには、儲けてるんですね」
そこまで言った時、バータがハッと気付いて震える手でロイルを指差した。
「ロ、ロイル・ウェルター・・・!」
「何ですか、今頃気付いたんですか?」
「な、な、な・・・」
「まあ落ち着いて、深呼吸でもして下さい」
ロイルは笑って酒を呷った。
「それにしても、陛下の暗殺なんて、大胆なこと考えますね。以前から馬鹿だと思っていたのですが、本当に馬鹿だったんですね。あなたが雇った者達では、陛下のところに辿り着くことすら出来ませんよ。まったく・・・せこい詐欺だけにしておけばよかったものを、何を勘違いしたんですか?おかげでとても疲れました。バータ伯爵、聞いて下さい」
ロイルは身を乗り出して、眉を寄せた。
「俺は二日寝てないんですよ。兄と父がそれぞれ仕事を押し付けてきて、その上マリンの我儘に付き合って、この状況どう思います?」
バータは何がなんだか分からず、ただ口をパクパクとさせていた。
「まったく、どいつもこいつも面倒なことは俺に押し付けやがって」
ロイルは残っていた酒を飲み干して、テーブルの上に空瓶を置いた。
「そもそも俺はね、一人に縛られるのは嫌なんですよ。それなのに、あんな我儘娘を押し付けられて・・・。子守りだけでヘトヘトですよ。そのうえ好きな仕事も辞めさせられて、いくら政略結婚って言っても、酷過ぎると思いませんか?そりゃね、マリンにもいいところはありますよ。どこだと思います?」
少し首を傾げ、ロイルはニヤリと笑った。
「あそこの具合ですよ。マリンのあそこはとてもいいんです。初夜では本当に驚きましたよ。色んな女と寝たけど、マリンのあそこは別格ですね。まさに名器です。信じられないくらい気持ちいいですよ。でもねぇ・・・」
ロイルは溜息を吐いて、背もたれに身体を預けた。
「差し引きすると、やはり割に合わないんですよ。自由と名器を天秤にかけたなら、俺は自由を取りたいですよ。『これも立派な仕事だ』って言われてもねぇ。愛人を作るのさえ禁止されているんですよ。好きでもない小娘と結婚してやったのに、なんでそこまで縛られなきゃいけないんですか?そりゃ一緒に暮らしてれば情くらい涌きますけど、俺に愛を求められても困りますよ。女とは広く浅くの関係が丁度いいんですよ。『愛してる』なんて反吐が出る。あぁ、騎士団にいた頃が懐かしいですね。楽しかったなぁ。陛下は鬱陶しかったけど充実した仕事、仲間と酒を酌み交わし、適当に女を抱いて・・・。それが今ではたった一人の小娘に振り回される毎日・・・」
ロイルは目頭を押さえ、首を振った。
そして深い溜息を吐くと、傍らに投げてあった剣を手に取った。
「・・・さて、おしゃべりはこのくらいにして、そろそろ死んで下さい」
バータはゆっくりと立ち上がるロイルを見上げて、息を飲んだ。
血塗れの姿がランプの光に照らされて、その異常な迫力にバータは震えあがった。
「だ・・・誰か・・・」
擦れた声で助けを呼ぶバータをロイルは鼻で笑った。
「残念ながら、残っているのはあなただけです」
バータは目を見開いて、短い悲鳴をあげた。そして助かる方法を必死で考えた。
「い、いくら出せばいい?金ならいくらでも―――――」
「いりませんよ。金には困ってないですから」
「それなら女か!?」
ロイルは溜息を吐いた。
「話聞いて無かったんですか?『愛人禁止令』が発令中なんです。本当に馬鹿ですね」
テーブルを踏みつけて近寄ってくるロイルに、バータは驚いて後退ろうとしたが、ソファーに阻まれて動けなかった。
「い、いくらウェルター家の者でも、このような暴挙は許されんぞ!」
ロイルは呆れて左手で髪を掻き上げた。
「自分は陛下を暗殺しようとしてたくせに、何言ってるんですか。それに・・・」
目の前に立ったロイルの姿にバータは悲鳴をあげた。
「今回の件は『特例』が認められます」
「ヒ、ヒイイイイー!!」
「あなたは運が悪かった」
「た、助けて、何でもするから・・・!」
「まず一つ目は、騙した相手が悪かった。『危害を加える者は全て排除しろ』とのご命令ですからね」
「嫌だ、や、やめてくれ」
「そして二つ目は、俺の機嫌が悪かったことです」
ロイルはニッコリと笑った。
「さようなら」