表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/73

ラッキーアイテム ⑨

 ソファーに座り、酒の入ったグラスを傾けて、バータ伯爵は満足気な笑みを浮かべた。

 もうすぐこの国が手に入る。

 込み上げてくる笑いが抑えられず、バータはでっぷりとした腹を撫でながら、ひとしきり笑った。

 そしてもう一度グラスに酒を注ごうとした時、扉の外が騒がしいことに気付いた。

「・・・何だ?騒々しい」

 バータは眉を顰めて部屋の隅に控えていた男に声を掛けた。

「おい、見てこい」

「―――――へい」

 男は頷くと、扉を開けて出ていった。

 それから暫く、バータは静かに酒を飲み、次第に喧騒もおさまってきた。


 ―――――コンコン。


 ノックの音がして、バータは扉を見た。

「入れ」

 扉が開かれる。

「遅かったな。何かあったの・・・」

 その先の言葉が続かなかった。

 バータは驚きに目を見開く。

 持っていたグラスは床に落ち、高価な絨毯にシミを作った。

 開かれた扉のそばに立っていたのは、先程の男ではない、剣を握った全身血塗れの男―――――。

「やあ、バータ伯爵。久し振りですね」

 ロイルはニッコリ笑うと、ずかずかと室内に入り、バータ伯爵の前のソファーに座って剣を無造作に傍らに投げた。

「ああ、疲れました。沢山雇ってましたね。思ったより数が多かったので、時間が掛かってしまいましたよ。あ、その酒戴いてもいいですか?久し振りの運動で喉がカラカラです」

 ロイルはバータの返事も待たずに酒のボトルを掴むと、直接口をつけて飲んだ。

「美味い酒ですねぇ。マリンに持って帰ったら喜ぶでしょうね」

 手の甲で口を拭うと、ロイルは長い足を組んでバータを見た。

「こんなところにも屋敷を持ってたんですね。知りませんでした。一体どれだけ屋敷があるんですか?せこいことばかりやってる割りには、儲けてるんですね」

 そこまで言った時、バータがハッと気付いて震える手でロイルを指差した。

「ロ、ロイル・ウェルター・・・!」

「何ですか、今頃気付いたんですか?」

「な、な、な・・・」

「まあ落ち着いて、深呼吸でもして下さい」

 ロイルは笑って酒を呷った。

「それにしても、陛下の暗殺なんて、大胆なこと考えますね。以前から馬鹿だと思っていたのですが、本当に馬鹿だったんですね。あなたが雇った者達では、陛下のところに辿り着くことすら出来ませんよ。まったく・・・せこい詐欺だけにしておけばよかったものを、何を勘違いしたんですか?おかげでとても疲れました。バータ伯爵、聞いて下さい」

 ロイルは身を乗り出して、眉を寄せた。

「俺は二日寝てないんですよ。兄と父がそれぞれ仕事を押し付けてきて、その上マリンの我儘に付き合って、この状況どう思います?」

 バータは何がなんだか分からず、ただ口をパクパクとさせていた。

「まったく、どいつもこいつも面倒なことは俺に押し付けやがって」

 ロイルは残っていた酒を飲み干して、テーブルの上に空瓶を置いた。

「そもそも俺はね、一人に縛られるのは嫌なんですよ。それなのに、あんな我儘娘を押し付けられて・・・。子守りだけでヘトヘトですよ。そのうえ好きな仕事も辞めさせられて、いくら政略結婚って言っても、酷過ぎると思いませんか?そりゃね、マリンにもいいところはありますよ。どこだと思います?」

 少し首を傾げ、ロイルはニヤリと笑った。

「あそこの具合ですよ。マリンのあそこはとてもいいんです。初夜では本当に驚きましたよ。色んな女と寝たけど、マリンのあそこは別格ですね。まさに名器です。信じられないくらい気持ちいいですよ。でもねぇ・・・」

 ロイルは溜息を吐いて、背もたれに身体を預けた。

「差し引きすると、やはり割に合わないんですよ。自由と名器を天秤にかけたなら、俺は自由を取りたいですよ。『これも立派な仕事だ』って言われてもねぇ。愛人を作るのさえ禁止されているんですよ。好きでもない小娘と結婚してやったのに、なんでそこまで縛られなきゃいけないんですか?そりゃ一緒に暮らしてれば情くらい涌きますけど、俺に愛を求められても困りますよ。女とは広く浅くの関係が丁度いいんですよ。『愛してる』なんて反吐が出る。あぁ、騎士団にいた頃が懐かしいですね。楽しかったなぁ。陛下は鬱陶しかったけど充実した仕事、仲間と酒を酌み交わし、適当に女を抱いて・・・。それが今ではたった一人の小娘に振り回される毎日・・・」

 ロイルは目頭を押さえ、首を振った。

 そして深い溜息を吐くと、傍らに投げてあった剣を手に取った。

「・・・さて、おしゃべりはこのくらいにして、そろそろ死んで下さい」

 バータはゆっくりと立ち上がるロイルを見上げて、息を飲んだ。

 血塗れの姿がランプの光に照らされて、その異常な迫力にバータは震えあがった。

「だ・・・誰か・・・」

 擦れた声で助けを呼ぶバータをロイルは鼻で笑った。

「残念ながら、残っているのはあなただけです」

 バータは目を見開いて、短い悲鳴をあげた。そして助かる方法を必死で考えた。

「い、いくら出せばいい?金ならいくらでも―――――」

「いりませんよ。金には困ってないですから」

「それなら女か!?」

 ロイルは溜息を吐いた。

「話聞いて無かったんですか?『愛人禁止令』が発令中なんです。本当に馬鹿ですね」

 テーブルを踏みつけて近寄ってくるロイルに、バータは驚いて後退ろうとしたが、ソファーに阻まれて動けなかった。

「い、いくらウェルター家の者でも、このような暴挙は許されんぞ!」

 ロイルは呆れて左手で髪を掻き上げた。

「自分は陛下を暗殺しようとしてたくせに、何言ってるんですか。それに・・・」

 目の前に立ったロイルの姿にバータは悲鳴をあげた。

「今回の件は『特例』が認められます」

「ヒ、ヒイイイイー!!」

「あなたは運が悪かった」

「た、助けて、何でもするから・・・!」

「まず一つ目は、騙した相手が悪かった。『危害を加える者は全て排除しろ』とのご命令ですからね」

「嫌だ、や、やめてくれ」

「そして二つ目は、俺の機嫌が悪かったことです」

 ロイルはニッコリと笑った。


「さようなら」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ