ラッキーアイテム ⑧
「・・・さあ、帰りましょう」
ロイルが再び歩きだす。
「う、う、ううー!」
「いや、本当に疲れました」
「よいか、お前達!必ず陛下とトルカナを殺害するのだぞ!」
「早く寝たいですねー」
「う、う、うぅー!」
「憎きトルカナ・ウェルター!貴様の命も今日までよ!」
「あー、もう日が暮れはじめてますよ」
「う、う、うぅー!!」
「はいはい。暴れないで下さいね」
―――――ガブッ!!
「―――――!!」
ロイルは指に噛みついて離れないマリンをそっと地面に降ろして、その口をこじ開けた。
「・・・痛いですよ」
「ロ、ロ、ロイル!」
「はいはい、もっと静かに」
ロイルが人差し指をマリンの唇に押し当てる。
マリンは呼吸を整えて、小さな声で話した。
「殺害って・・・何?」
「殺すことです」
「そうじゃなくて!」
「彼は、陛下と父を暗殺する積もりですね」
「―――――!!」
マリンが目を見開いて、縋るようにロイルの上着を掴む。
「大丈夫ですよ」
ロイルはマリンを抱き締めて、額にキスをした。
「陛下には騎士が常についています」
「でも・・・」
「一応、父に報告しておきます。チョロチョロとして目障りではあったので、丁度良かったかもしれないですね」
「さあ、お前達、準備をしろ!決行は一時間後だぞ!」
「一時間後!?」
マリンの口を手で押さえてロイルは溜息を吐いた。
「・・・さあ、帰りましょうか。今日の夕食は何でしょうかね」
マリンがロイルの手を口から引き剥がす。
「ロイル!一時間後って言ってる!」
「そうですね」
「止めなきゃ、殺されてしまうわ!」
「大丈夫ですよ。殺したって死なないような方達ですから」
―――――バチンッ!
マリンはロイルの頬をひっぱたいて、先程の窓へと向かおうとする。
「駄目ですよ。行ってどうするんですか?」
ロイルがそんなマリンの腰を抱き寄せた。
「邪魔しないで!」
「あのねぇ・・・」
溜息を吐いて、ロイルはマリンの髪を撫でた。
「話の通じる相手では無いのです。乗り込んだところで捕まって、強姦、輪姦、娼館ですよ。お願いだからいい子にして下さい」
ロイルが屈んで目を合わせると、マリンは悔し気に唇を噛み締めた。
「帰りますよ。優秀な騎士達が護衛していますから、心配ありません」
ロイルはマリンの手を引いて、塀のドアへと向かおうとした。
「・・・・・・・・」
マリンが無言でその手を振りほどき、先に歩きだす。
ロイルは溜息を吐いて、その後に続いた。
マリンが帰る気になったことにロイルは安堵していた。
が、しかし―――――。
「・・・・・?」
ずんずん歩いて塀のドアの近くまで来たとき、マリンはふと屋敷を見て、入った時には気付かなかったなかったものに気付いた。
「―――――!!マリン、待ちなさい!」
猛烈な勢いで走っていくマリンを、ロイルはずっと律儀に持っていたバスケットを投げ捨てて、慌てて追いかける。
マリンが見付けたのは、屋敷の裏口であった。
気を抜いてしまっていた自分に舌打ちする。
マリンがノブを引っ張ると、ドアは簡単に開いた。
「クソッ!どうして鍵を掛けて無いんだ!」
見かけ倒しの甘い警備に憤りながら、マリンの後を追って屋敷の中に入る。
幸いにも誰もいなかった廊下を走り、マリンを捕まえた。
「マリン!」
腕を掴んで引き寄せ、暴れられないよう抱き締める。
「どうして分かってくれないのですか」
「だって・・・」
「だってじゃありません。面倒なことになる前に、帰りま―――――」
―――――ガチャッ。
「・・・あー、間に合わなかった」
少し先の部屋のドアが開き、柄の悪い男が数人出てくる。
男達はロイルとマリンに気付くと、一瞬驚いた表情をするが、すぐに二人を取り囲んだ。
「なんだお前達。どこから入ってきやがった」
「そこのドアからよ!」
即答するマリンの口を手で塞ぎ、ロイルは男達にニッコリと笑い掛けた。
「伯爵様への献上品をお持ちしました」
「献上品?」
「はい。なかなかの上玉でしょう?」
ロイルはマリンの顎を掴んで男達に見せた。
「ほー!こりゃ凄い美少女だな!」
横にいた男が、下卑た笑いを浮かべてマリンの尻に手を伸ばした。
「なあ、伯爵にやる前に、俺達に味見させろよ」
ロイルは男の手をやんわり押さえて、笑った。
「いけませんよ」
「ケチなこと言うなよ」
「・・・ロイル」
「ああ!そろそろ伯爵様のもとに連れて行かないと!」
ロイルはマリンを引き摺るようにしてその場を離れようとした。
「ロイル!献上品って何よー!」
―――――バキッッ!!
「味見ってどういうこと!?意味が分からないわ!ロイルの馬鹿馬鹿馬鹿!」
ロイルは殴られた顎を押さえて溜息を吐いた。
「・・・ここは話を合わせるべきでしょう?」
その時、男の一人が「あっ!」と声をあげた。
「こいつ!どっかで見た顔だと思ったら、『ロイル・ウェルター』じゃねえのか!?」
「え!?ロイル・ウェルターって、あのロイル・ウェルターか!?」
男達がざわめき、驚愕の表情でロイルから離れる。
「間違いねえよ!俺は剣術大会観に行ったことがあるんだ!」
ロイルは舌打ちをすると、剣を抜いた。
「―――――!!」
男達が怯んだ隙に、マリンの腕を掴んで出口とは逆方向に走る。
「ま、待て!」
「逃がすな、追え!」
「相手は一人、しかも女連れだ!怯むな!」
「他の奴等も呼んでこい!」
男達が口々に叫びながら追ってくる。
ロイルは大きな屋敷の中をマリンを引き摺るようにして走り、沢山あるドアの一つに入って鍵を掛けた。
二人が入った部屋は、どうやら衣装部屋のようだ。
ところ狭しと並んだ服と、衣装箱が置いてある。
「・・・ああ、参りましたね。本当に面倒くさい・・・」
ロイルは剣を鞘に納めると、床にへたり込んで荒い息を吐くマリンの背中を撫でた。
「大丈夫ですか?・・・まったく、少しは協力しようと思いませんか?上手く逃げようと思っていたのに、ばれてしまったじゃないですか」
―――――バキッ!
「何よ!私の所為だって言うの!?剣術大会なんか出てたロイルがいけないんでしょ!」
ロイルは溜息を吐いて、マリンの腕を掴んで立たせた。
「仕方ないですよ。騎士は全員強制参加でしたから」
「優勝ばっかりしてるから、顔を覚えられるのよ!」
「・・・はいはい。すいませんね」
ロイルはマリンの手を引いて、部屋の奥にある衣装箱のところに連れて行くと、その箱の蓋を開けた。
中には綺麗な布が数枚入っている。
「ああ、丁度良さそうですね」
「え!ちょっと!何するのよ!!」
ロイルはマリンを持ち上げて、箱の中に降ろす。
「逃げ切れそうにないですからね。ちょっと『話し合い』をしてきます。マリンはここで待っていて下さい。いいですか、大きな声を出したり、暴れたりしてはいけませんよ」
「待って!ここでって―――――」
ロイルは衣装箱に蓋を被せると、更にその上に別の衣装箱をのせて、マリンが自力で出られないようにした。
廊下から侵入者を探す声が聞こえる。
ロイルは剣を抜くと、ドアへと向かった。
「さて、仕方がないのでヤりますか」
ロイルは口角を上げると、ドアを開けた―――――。