ラッキーアイテム ⑦
「あそこなの?」
マリンは少し先を指差して、男に訊いた。
男の案内で着いたのは、住宅街から外れた場所にポツンと建つ大きなお屋敷だった。
高い塀に囲まれ、門の前には警備の者であろうが、柄の悪そうな男が二人立っている。
「・・・なんですか、あの頭の悪そうな者達は。あきらかに普通の屋敷ではないですよ。帰りましょう、ね、マリン」
うんざりとした表情で、ロイルがマリンの肩を抱く。
「さあ!行くわよ!立ちなさい」
道に座り込んでいる男の襟首をマリンが掴んだ。
「ゆ、許して下さい。こんなことがばれたら、きっと儂は殺されてしまう!ここまでが限界だ!」
涙と鼻水でグショグショの顔をマリンに向けて、男はマリンのドレスの裾を掴んで懇願する。
「ほら、マリン。ここまでが限界だって言ってますよ。殺されるって。そんな危険なところに可愛いマリンを連れてなんて行けません。帰りますよ」
「仕方ないわね。じゃあ、あなたはここまでで帰っていいわ。行くわよ、ロイル」
「・・・俺の話、聞いてくれませんか?」
猛烈な速さで遠ざかっていく男を見ながら、ロイルが溜息を吐く。
「大体、警備がいますよ。屋敷には入れてもらえないですよ」
「斬ればいいでしょ?」
「・・・あのねぇ」
あっさり言ったマリンに、ロイルは肩を落として腰の長剣を軽く叩いた。
「これは護身用に身に付けているだけであって、人を斬る為に持ち歩いてる訳ではないですよ。殺人鬼じゃあるまいし」
「行くわよ!」
「だから駄目ですって」
歩きだすマリンを後ろから抱き締めて、動けないようにする。
「あの感じだと、屋敷の中も警備が沢山いますよ。恥ずかしながら、俺一人ではマリンを守りきる自信がありません」
マリンはロイルを睨み付けた。
「そんなはずないでしょう?『国一番の騎士』なんだから」
「多勢に無勢です。それに最近はろくに鍛練もしてないですし、すっかり鈍ってしまってますよ。『国一番』なんて過去の話しです」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
二人は見つめ合ったまま暫く動かなかったが、やがてロイルが溜息を吐いて、マリンを離した。
「分かりました。では、正面から乗り込むのは危険なので、屋敷の周囲を探ってみましょう。それで侵入出来そうになかったら、諦めて下さい。いいですね」
マリンは頬を膨らましてロイルを睨んだが、その真剣な表情に、渋々頷いた。
「では行きますよ。決して俺から離れてはいけませんよ」
ロイルはマリンと手を繋ぐと、屋敷の裏手に向かって歩きだした。
様子を窺いながら歩いて、そっと裏手を覗くと、塀にドアが一つあった。
「使用人の出入口ですね」
裏には警備はいないようだ。
「ちょうどいいじゃない。あそこから入りましょ」
マリンはロイルの手を引いてドアまで行くと、ノブを掴んだ。
「マリン、俺より先を歩いては、危ないですよ。それにドアには鍵くらい掛かってます。開く筈は・・・」
しかし、ドアはあっさりと開き、ロイルは唖然として呟いた。
「・・・なんで開くんだ?」
裏庭にも警備の姿は無く、マリンはずかずかと屋敷に向かって歩いた。
「待って下さい。そんな不用意に近付いたら危ないですよ」
「大丈夫よ」
「何を根拠に―――――」
ロイルは不意に立ち止まると、マリンの口を押さえて、近くの茂みの中に身を隠した。
「静かにして下さい」
暴れようとするマリンの耳元で囁くと、ロイルは口を押さえていた手を離した。
「・・・何?」
小さな声で訊いたマリンをチラリと見て、ロイルは屋敷に視線を戻した。
「声が聞こえませんか?」
「声?」
マリンが耳を澄ますと、微かに笑い声のようなものが聞こえた。
「聞こえるけど、何言ってるのかは分からないわ」
「・・・帰りませんか?」
「嫌!」
ロイルは慌ててマリンの口を押さえて警戒したが、誰も来る気配は無い。
「お願いですから、大きな声は出さないで下さい」
溜息を吐いて手を離すと、マリンが茂みから出て行こうとする。
「マリン、駄目ですって」
無視して行こうとするマリンをもう一度茂みに引き摺り込んで、暴れる身体を抱き締める。
「・・・分かりました。確かめに行きましょう」
途端に大人しくなるマリンの手を引いて、ロイルは茂みから出ると、警戒しながら声のする方へ行く。
屋敷の角を曲がると、窓を開けている部屋があり、声はそこから聞こえてきているようだ。
窓の近くにある茂みに身を隠して、ロイルはそっと部屋の中を覗いた。
「わぁっはっはっはっ!!」
大きな声で笑い酒を飲んでいる、太って脂ぎった男の姿が見える。
「・・・・・・・・」
途端にロイルは脱力して地面にへたり込んだ。
そんなロイルを訝しげにマリンが見る。
「何?どうしたの?」
「・・・大失敗です。あいつの屋敷だったとは。帰りましょう。あんなのと関わり合いになってはいけませんよ」
「あいつ・・・?」
「なるほどね。この中途半端な警備といい、せこい詐欺といい、まさにあいつのやりそうな事ですね」
―――――バキッ!
「私にも分かるように説明なさい」
「・・・あー、マリンは知らなくていいですよ。それより帰りましょう。暗くなってきたことですし」
ロイルは立ち上がると、マリンをヒョイと左腕に抱え、叫ばないように右手で口を塞いだ。
「う、う、うーっ!」
「はいはい。もうお金は俺があげますからね」
暴れるマリンを小脇に抱えて、ロイルが帰ろうとした時、一段と大きな笑い声が聞こえた。
「はあーっ!はっはっはっ!!陛下亡き後は、儂が王となるのだ!!」
ロイルとマリンの動きがピタリと止まった。