ラッキーアイテム ⑥
ロイルはグッタリとテーブルに突っ伏して目を閉じた。
直ぐに身体から力が抜けて、そのまま眠りの中に落ちていく。
―――――バキッ!
「何勝手に寝ようとしてるの?」
「・・・・・・・・」
ロイルは薄く目を開けて、マリンを見た。
「・・・寝かせて下さい。もう本当に疲れているのです」
マリンは眉を寄せると、ロイルの髪を掴んで引っ張った。
「痛い痛い痛い!」
「ほら、これで目が覚めたでしょ?食事の準備をしてちょうだい。私、お腹空いてるの」
ロイルは溜息を吐くと、アンから預かったバスケットから、サンドウィッチと酒瓶を取り出した。
それをマリンの前に並べ、コップに酒を注ぐ。
「・・・どうぞ、召し上がれ・・・」
「手を拭くものは?」
「・・・・・・・・」
ロイルはバスケットからお手拭きを出して、マリンの手と自分の手を拭く。
「いただきまーす」
「・・・・・・・・」
勢いよくパクつくマリンを頬杖をついて見ながら、ロイルは溜息を吐いた。
ここはチェニ通りにある温泉施設の中である。
観葉植物の影にある椅子に座り、目的の人物が来ないか見張っているのだ。
「ロイル、食べないの?」
可愛らしく首を傾げて聞くマリンに、曖昧な微笑みを返して、ロイルはサンドウィッチを手に取った。
正直、食欲など無いのだが、食べないと身体が持たない。マリンとの結婚生活は体力が命なのだ。
サンドウィッチを噛み砕き、酒で流し込む。
「・・・お茶が欲しいですね」
「そお?」
だいたい何故飲み物が酒だけなのか。弁当のことといい、アンの嫌がらせなのだろうか。
ロイルは一気に食べ終えて、またテーブルに突っ伏した。
「――――痛い痛い痛い!マリン、やめて下さい」
そのロイルの耳を、マリンが引っ張る。
「だから、寝たら駄目って言ってるでしょう?」
「・・・はいはい」
ロイルは溜息を吐いて、室内を見回した。
似顔絵の人物はいない。
「もう今日は現れないんじゃないですか?それより温泉でも入って、のんびりしませんか」
「嫌!」
「じゃあもう、給料が出たら、俺が人形買い取ります。それでいいでしょう?」
「嫌!!」
ロイルはもう一度溜息を吐くと、頬杖をついてただひたすら入り口を見ていた。
―――――そして五時間後。
「・・・来なかったですね」
「・・・そうね」
―――――バキッ!
「・・・俺は何故、殴られたんですか?」
「なんで来ないのよ!」
「そんなの知りませんよ・・・」
施設の従業員に不審がられながらも、五時間もの間、ひたすら出入口を見張っていたが、結局目的の人物は現れなかった。
「ああもう!信じらんない!時間の無駄だったわね」
マリンは立ち上がると、出口に向かって歩きだした。
その後をバスケットを持ったロイルが続く。
「もう!疲れた疲れた疲れた!」
「はいはい、そうですね」
施設を出たところで、マリンはクルリと振り向くと、両手を腰に当ててロイルに命令した。
「おんぶ!」
「・・・しろと?」
早くしろと顎をしゃくるマリンに、溜息を吐いてロイルはしゃがんだ。
「どうぞ・・・」
マリンは頷いてロイルの肩に手を置いた、が。
「・・・・・?どうしました?」
そのまま動かないマリンを、ロイルは不思議に思い振り向いた。
マリンは眉を寄せて、じっと何かを見ている。
「アレって・・・そうじゃない?そうよね!」
ロイルがマリンの目線を辿っていくと、通りをこちらに向かって歩いてくる男がいた。その顔は似顔絵にそっくりだ。
マリンと男の目が合う―――――。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
男はクルリと後ろを向くと猛烈な勢いで走りだした。
「ああぁぁぁぁー!に、逃げた!ちょっと!まちなさいよ!ロイル!何してるの!?追いかけなさい!!」
マリンはロイルの背中に思い切り蹴りをいれた。
「あー、はいはい」
ロイルは持っていたバスケットを地面に置いて、男を追いかけ、直ぐに連れて戻ってきた。
「はい、どうぞ」
男を乱暴に地面に転がす。
「ヒ、ヒィィッ!」
這いつくばって逃げようとする男の手をマリンが踏みつけた。
「ヒッ!い、痛!」
男は恐怖に震えながら、マリンの顔を見る。
「何処に行こうとしているのかしら?お・じ・さ・ん?」
「痛っ、痛い!やめてくれ!」
「逃げない?」
コクコクと首を振る男を見て、マリンは足を退けて腰に手を当てた。
「お金!返して!」
「な、何のことか分からな―――――ぎゃあ!」
マリンは再び男の手を踏みつけた。
「人形の代金よ!よくも騙してくれたわね!忘れたなんて言わせないわよ!」
「い、いや、儂は知らない」
「・・・そう、じゃあ仕方ないわね」
マリンは足を退けて数歩後ろに下がった。
「ロイル!この者の指を一本ずつ切り落としなさい!」
「ヒィィッ!」
「はいはい」
ロイルは上着の中に手を入れて短剣を取り出すと、鞘から抜いて男の目の前にかざした。
「えーと、どの指からがいいですか?希望がなければ右手中指からいきますが」
震える男の右手首を持って、刃を軽く当てる。
「では、いきますよ」
ロイルが短剣を振り上げた。
「ま、待ってくれ!持ってない!儂は金を持ってないんだ!」
短剣が中指に触れるギリギリのところでピタリと止まる。
「持ってないってどういうことよ!」
「あの金は、もう渡したんだ!だから持ってない!」
「『渡した』って誰に!?」
「いや、それは・・・」
「ロイル!やっておしまい!」
「はいはい」
ロイルが短剣を振り上げる。
「いや、いやいや、待ってくれ。さ、さる御方に渡したんだ」
「なによそれ!全然分かんないじゃない!」
「いや、だからその、名前は言えない。勘弁してくれ、儂は命令に従っただけだ!」
「命令?なにそれ?」
マリンが眉を寄せて首を傾げる。
ロイルは短剣を鞘に戻して、上着の中に片付けた。
「・・・ものすごく面倒なことに巻き込まれる予感がするので、この辺でやめて家に帰りませんか?」
「じゃあ取り敢えず、その『さる御方』のところに案内しなさい!」
「あー、無視ですか」
男は目を見開いて、ブルブルと首を横に振った。
「そ、そんなことしたら、儂は殺されてしまうかもしれない!」
「殺されてしまうかもしれないのと、今ここで殺されるのと、どっちがいいかしら?」
マリンがロイルに視線を送る。
「・・・え?俺が殺すんですか?」
ロイルは溜息を吐いて、男の襟首を持って無理矢理立たせた。
「ここでは目立つので、移動しましょう。すいませんね、俺の可愛い妻の命令なので。死んでもらえますか?」
「ヒィィィッ!」
「さあ!どうするの?」
男は目にいっぱい涙を浮かべて懇願した。
「あ、案内する!案内するから、殺さないでくれ!」
マリンは満足気に頷き、ロイルは溜息を吐いた。