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ラッキーアイテム ⑤

「・・・終わった・・・」

 ロイルは持っていたペンを置いて、机に突っ伏した。疲労で全身が痛む。

 突然大量の仕事を送り付けてきた父親に、心の中で呪いの言葉を浴びせた。

 もう、指一本たりとも動かしたくない。

 だがしかし―――――。

 ロイルは僅かに残る力を振り絞って立ち上がった。


 逃げなければ!


 商店街の宿屋は駄目だ。あそこの親父はマリンの味方をする。

 もっと遠くへ馬で行こう。

 とにかくゆっくり眠りたい。

 ふらつく足で、ドアを目指す。

 しかし、ドアノブに手を掛けようとした時、ロイルは「眠る」というささやかな願いが、またも叶わないことを悟った。

 段々と近付いてくる足音と怒鳴り声――――。

「・・・・・・・・」


 ―――――カチリ。


 ロイルはドアの鍵を掛け、ソファーに倒れこんだ。





「・・・ん・・・」

 マリンは目を擦って、ベッドの中に潜り込む。

 まだ眠いのに、日差しが眩しくて、眠れない。

「もう・・・アン・・・眩しい・・・眩しい・・・眩しい!?」

 マリンは飛び起きると、窓を見た。

「な、何この明るさは!」

 今日は夜明け前に出発の予定だった筈だ。しかし、この明るさは、どう考えても昼に近いだろう。

 呆然とするマリンに、後ろから声が掛けられた。

「おはようございます。マリン様」

 マリンが振り向くと、ドレスを手に持ったアンが頭を下げた。

「『おはよう』じゃない!なんで?今日は早く出掛けるって言ってたでしょ!?なんで起こさなかったの!?」

 怒るマリンにアンは困った表情で、少し首を傾げた。

「何度もお起こししたのですが、『うるさい』とお怒りになったもので・・・」

「そんな!ちょっと怒られたくらいで、へこたれてちゃ駄目でしょう!?」

「申し訳ございません」

 マリンはベッドから飛び降りると、裸足のままドアへ向かって歩いた。

「ロイルは!?」

「まだお仕事中のようです。マリン様、着替えと靴は・・・」

「後で!」

 マリンは寝室を出て、書斎へと向かう。

「ロイルゥゥゥー!!行くわよぉぉ!」

 叫びながら歩いて書斎に辿り着き、マリンはドアを開けようとした。


 ―――――ガチャッ!


「・・・ん?」


 ―――――ガチャガチャガチャッ!!


「・・・んん!?」


 ―――――ガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンッッ!!


「ちょっと!なんで開かないの!?ロイル!居るんでしょ!?ロイル!!」


 ―――――ドンドンドンドンドンドンドンドンッッ!!


 書斎からは何の返事も返ってこない。

 マリンはドアを叩き過ぎて痛む右手を左手でギュッと掴んで怒りに震えた。

「・・・そう、そうなの。分かったわ」

 マリンは横に控えていたアンを見ると、大きく息を吸った。

「斧を持って来なさい!このドアを叩き壊して、ロイルの頭を叩き割ります!」

 さあ行け!というように、人差し指で階段を示す。

 しかし、アンは静かに首を振ると、マリンに頭を下げた。

「どうか、おやめください。先日ガラスの修理をしたばかりですのに、さらにドアまでなど・・・。屋敷の修繕費で破産してしまいます」

 そしてポケットから何かを取り出した。

「これをお使い下さい」

 マリンの手にそっと握らせる。

「ん・・・?何?」

 マリンが手の中のものを見る。それは金色の鍵だった。

「書斎の合鍵でございますそれでドアをお開け下さい」

 マリンは合鍵を少し見つめて、頷いた。

「仕方ないわね」


 ―――――カチリ


 書斎の鍵を開け、中に入る。

 ソファーでうつ伏せに寝転んでいるロイルがピクリと動いた。

「ロイルッッ!何寝てるの!?起きなさい!」

「・・・・・・・・」

 マリンはロイルに近付くと、後頭部を拳で殴ろうとした。

 だがしかし―――――、

「―――――え!?」

 マリンは手首を掴まれて、強く引っ張られた。

 ロイルに組み敷かれ、強く抱き締められて、唇が重なる。

 ロイルの舌がマリンの口内で蠢く。

「・・・ん・・・ぁ・・・」

 強ばっていたマリンの身体から次第に力が抜けてゆき、ロイルの服に縋りつく。

 ロイルは濡れたマリンの唇を親指で拭うと、耳元で囁く。

「続きはベッドで・・・ね」

 トロンとした目で頷きかけて、マリンはハッと気付いた。


 ――――バキッ!


「違う!違う違う違う!駄目よ、そうじゃなくて!」

 ロイルは『軽い運動で有耶無耶にしてぐっすり眠ろう作戦』が、またも失敗に終わり、ぐったりとソファーに座った。

「温泉よ!温泉!捜しに行くわよ!遅くなったわ、早くしないと!」

 グイグイと服を引っ張るマリンに、ロイルは溜息を吐く。

「俺・・・二日間寝てないのですが・・・」

「だから何!?」

「ちょっと休ませてあげようとか、ないですか?」

 何を言ってるんだ?という感じでマリンが首を傾げた。

「あー・・・分かりました。でもせめて、昼食を食べさせて下さい。マリンも起きたばかりですよね?お腹すいてませんか?」

 そう言われて、マリンは自分もまだ今日は何も食べてないことに気付いた。

「う・・・でも・・・」

 食事はしたいが、その間に捜している人物が逃げて行ってしまうような気がして、マリンの心は揺れた。

「お腹が空くと力が出ませんよ」

「うー・・・」

「焦ってもよい結果は得られないものです」

「でも・・・」

「アン、食事の用意をして下さい」

「お弁当がございます」

「そうですか・・・・・え?」

 ロイルはアンを見た。今、何か不吉な言葉が聞こえたような気がする。

「お弁当を用意いたしました」

 もう一度繰り返すアンを、ロイルは信じられない思いで見た。

 出来るだけゆっくり食事をして、もう今日は遅いから後日にしようと言うつもりだったのだ。

 チラリとマリンを見ると、満面の笑みでアンを讃えていた。

「よくやったわ!アン!」

「ありがとうございます」

 どこでも何故か慕われるマリン。

 自分の家でさえ、味方がいない状況にロイルはため息を吐くと、立ち上がった。

「・・・行きましょうか・・・俺の・・・可愛い奥さん・・・」

 ロイルはマリンの髪に手を差し入れると額にキスをした。


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