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ラッキーアイテム ④

「警備隊って、いったい何処で何を警備しているのかしら?か弱い国民が酷い目にあって、むせび泣いているというのに!」

 泣いてなどいないではないか、という言葉を飲み込んで、サッシュは頬を引きつらせた。

「マリン、失礼なこと言ってはいけませんよ。警備隊の方々は一生懸命お仕事しているのだから」

 いつの間にか復活したロイルが、マリンを諫める。

「だって・・・」

「それに、競馬場は五番隊の管轄ではありませんからね。ワイヤ君に言っても仕方ないでしょう?」

 ぷうっと大きく頬を膨らませてマリンはそっぽを向いた。

「・・・あの、何があったのですか?自分に協力出来る事があれば、言って下さい」

 サッシュの言葉に、ロイルは内心慌てる。帰りたいのに、そんな申し出はありがた迷惑である。

「いえ、私達は、もう帰るところなので――――」

「え?一緒に捜してくれるの!?」

 ロイルは額に手を当てて、溜息を吐いた。

「マリン。散々捜したでしょう?あちこち歩き回って、俺はもうクタクタですよ」

 その言葉にサッシュは驚いた。

「『歩き回って』ってまさか徒歩で?馬車ではないのですか?」

 上流階級の者が徒歩など普通はあり得ない。そもそも商店街にいることにもサッシュは驚いていた。

「ああ、うちは馬車を持ってないのですよ。馬は一頭いるんですけどね」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。あまり堅苦しいのは好きではないので」

 あっさりと言い切るロイルに、サッシュは唖然とした。

「もしかして、こちらにもよく来られるのですか?」

「ええ。そうですよ」

 サッシュは最近地方勤務から王都に戻ったばかりだったので、知らなかった。

 憧れのロイル様は、自分が王都を離れている間に結婚し、妻可愛さに騎士を辞め、商店街を徒歩でぶらついている。

 自分の中のロイル像が崩れていき、サッシュは泣きたい気分だ。

「そんなことより!探すの手伝ってくれるんでしょ!」

「マリン、ワイヤ君は忙しのですよ。見回りの途中なんですから」

「いいじゃない、ちょっとぐらい!ねえ、背が低くくて太めのおじさん、見なかった?」

 マリンの言葉に、サッシュは困ってしまう。

「あの、もう少し細かい特徴が分からないと・・・」

 言いながらサッシュはポケットから折り畳まれた紙とペンを取り出す。

「・・・?何するの?」

「似顔絵を描きます。自分、絵は得意なので」

「へー!」

 マリンは興味津々といった感じでサッシュの手元を見た。

「太め・・・丸顔ですか?目は?細い、大きい、つり目、垂れ目?」

 マリンは顎に人差し指を当てて、首を傾げた。

「ん・・・目は垂れてた。うん、そう、細い垂れ目」

「鼻はどうでした?」

「丸い・・・」

 サッシュはサラサラとペンを走らせる。

 聞いては書くを繰り返しながら、あっという間に一枚の似顔絵が出来上がった。

 マリンは目を見開いて、完成した絵を見た。

「・・・凄い。そっくり」

「そうですか?よかったです」

「素晴らしいわ。ねえ、ロイル」

 同意を求め振り向くと、ロイルは頬杖をついて、気のない返事を返した。

「あー、そうですね」

 ロイルは帰りたかったのだ。いや、もうこの捜索自体をやめたかったのだ。

 サッシュの思わぬ特技の所為で、マリンの萎えかけていたやる気が復活したのは明らかだ。

「さあ、これを持って聞き込みよ!」

「あー、やっぱりそうきましたか。でも、もうすぐ夜になりますよ」

「だから何?」

「・・・・・・・・」

「行くわよ!」

 ロイルは溜息を吐いて立ち上がると、ジュースの代金を支払う為に果物屋の親父を手招きで呼んだ。

 財布を出そうとしたサッシュを手で制し、ロイルは財布から紙幣を一枚取り出して、親父に渡した。

「ありがとうございます・・・おや?」

 お金を受け取りながら、親父の視線はテーブルの上の似顔絵に注がれている。

「この顔・・・」

 マリンが素早く反応し、親父の胸ぐらを掴んだ。

「知ってるの!?」

「あ、ああ、何度か温泉で見かけたよ。悪霊がどうとか、変なことを言ってたな・・・」

 マリンは目を見開いた。

「そいつよ!何処!?温泉って何処!?」

「マ、マリンちゃん、苦し・・・」

「はいはい。やめましょうね」

 ロイルはマリンの腰を抱いて、親父から引き離した。

「あー・・・その温泉の場所を教えていただけますか?」

 溜息混じりに、実に嫌そうに訊くロイルの態度を不思議に思いつつ、親父は場所を教えた。

「チェニ通りにある温泉だよ。でも早朝から夕方までしか営業してないから、もう閉まってるよ」

「ええー!?」

 マリンは眉を寄せて唇を尖らせた。行く気満々だったので、かなり不満そうだ。

 一方のロイルはホッと安堵の息を吐いた。

「仕方ないですね。また今度にしましょう。さあ、帰りますよ」

 

 ――――バキッ!


「なんでそんなに嬉しそうなのかしら?」

「いや、そんなこと・・・」

 殴られた顎を押さえながらも、ロイルの口元は帰れる喜びに緩んでいる。

「まったくもう。明日の早朝、捜索再開よ」

「あー、はいはい」

 捜索続行は決まってしまったが、取り敢えず今日は帰って眠れる。明日になれば体力も気力も回復しているだろう。ロイルは気分よくマリンの肩を抱き、頬にキスをした。

「さあ、帰りましょう。ワイヤ君、ありがとう。これ貰ってもいいですか?」

 ロイルは訊きつつもテーブルの上の似顔絵を畳んでポケットに入れてしまう。

「あ、は、はい」

 ロイルがキスする姿に見惚れていたサッシュは、慌てて返事をした。

「おじさん、ごちそうさま。また来るね」

「ああ、ありがとう、マリンちゃん。また来ておくれ」

 手を振るマリンに親父も手を振り返す。

 そして二人は寄り添って帰っていった。

 残された果物屋の親父とサッシュは、暫くその二人の姿を見ていた。

「仲の良い夫婦だねえ」

「・・・はあ」

 あれは『仲が良い』と言うのだろうか?不思議な二人だ。

 サッシュは憧れていたロイルと現実のロイルのあまりの差に、溜息を吐いた。





「ただいまー!」

「・・・ただいま」

「お帰りなさいませ。マリン様、ロイル様」

 やっと帰ってこれた自宅の玄関。

 出迎えてくれたアンに笑みの一つ返す気力も無く、ロイルはこのまま床に倒れてしまいたい気持ちを堪えて、マリンの頬にキスをした。

「マリン、俺はちょっと疲れてしまったので、寝ます。おやすみ。アン、もう食事はいりません。とにかく寝たいので」

 ふらふらと二階への階段に向かって歩くロイルの背に、「ちょっと歩いた位で情けないわね」という非情な言葉が投げ掛けられたが、もう反論する元気はなかった。

 もう少しでベッドで寝れる。

 残り少ない力を振り絞り、ロイルは階段を上る。

「あの・・・ロイル様・・・」

 その時、遠慮がちにアンが声を掛けてきた。

「はい・・・?なんですか、アン」

 アンは眉を寄せ、困ったような、悲しいような、複雑な表情をして、ロイルを見た。

「先程、ウェルター家からの使いの者が来まして・・・」

 アンの言う『ウェルター家』とはロイルの実家のことである。

「ああ、はい。書類、渡してくれましたか?」

「はい。それが・・・」

 ロイルは眉をひそめた。何か不備でもあったのだろうか?

「出来上がった書類はお渡ししたのですが・・・新たな書類を置いていかれました。明日の昼に取りに来るので、それまでに仕上げるようにと・・・」

「・・・・・・・・」

 ロイルは一瞬アンが何を言っているのか、分からなかった。

 言われた言葉を反芻して、状況を飲み込むと、何処にそんな力が残っていたのか、書斎に向かって全力疾走した。

「―――――!!」

 ドアを開けて目に飛び込んできたのは、机に積まれた書類の山。

 暫く呆然と立ちすくんでいたが、ふと書類の上に、手紙が置いてあることに気付いた。

 ゆっくりと近付き、手紙を開封する。

「・・・・・・・・」

 そこに書かれてあったのは、「頼む」の一言と父親のサイン。


 二夜連続の徹夜が決定した瞬間であった・・・。


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