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絶望

俺は己のアホさ加減を噛み締めていた。




結界はすぐに出られた。

龍のやつが符に小細工するときに、術で線を断っていた位置に投げナイフを撃ち込んで、結界を無効化したのだ。

離宮の警備兵の中から、邪教徒の息のかかっている奴を適当にチョイスして昏倒させ、相手の手を使って首輪を掛けかえて、身代わりとして部屋に放り込んでおく。

じきにバレるが、足がつくとしても、そいつを叩いて出てくるのは邪教徒関連だけだから問題ない。




時間のロスにやきもきしながら、お嬢と聖女が会っていたはずの庭園に駆けつけたときには、全てが終わっていた。


クソ龍の野郎は、何を血迷ったか、聖女ではなく、()()()()()プロポーズしやがっていた。


何?初めて自分に敵意を抱いていない人に出会えて嬉しかった?

優しく手を伸ばしてくれたからその手を取ったら、拒まずに受け入れてくれた?

てんめー、ふざけんな!!

お嬢はそういう人だよ!甘えんな!




お嬢の護衛を任せていた親衛隊の面々は、龍に手もなく捻られていた。

ああん?お嬢を人質に取られて全力が出せなかっただぁ?!うるせー!龍をお嬢に接近させるのを許した時点で死罪だ。死んで詫びろ。

……ぐふぅ、俺も有罪だよ。わかってるよ。死にたい気分だよ。


せめて拳王と剣聖の両先生のどちらかはお嬢の側についていてもらうべきだった。いつも通り、龍相手に俺がしくじったときのバックアップとして、離宮側に待機してもらっていたのが裏目に出た。

まさか龍が騒ぎを起こさずに、単独で隠密行動して、場所を知らないはずの庭園に直行できるだなんて、思わないじゃないか。




あの庭園は、警備用の武者隠しも武器のストック場所もたっぷり仕込んで造ってあった。

特務をやっているうちの父や兄達は、王都の中にこんなにも大ぴらに特殊資材をノーチェックで運び込んで工事ができる権限の抜け道があったとは!と言って、段取りを組んだお嬢に恐れ入りつつ、嬉々として裏工作をしていた。

特に秘密の花園(シークレットガーデン)と名付けられた奥の一区画は、地下も含めて物資と兵力の隠し場所を豊富に備えた一種の城塞のようなものだった。

王家に内緒で王都にこんなもの造っていいのかと聞いたら、王族なんて誰が裏切るかわかったもんじゃないんだから、と返された。当主様と同じスタンスだぞ。いいのかうちの親族。

この程度の備えはイザというときのために必要だっていってたけど、イザって何を想定しているんだ。


まぁ、あの場所で、あの兵力で護衛していたら、通常想定される襲撃者のレベルなら、軍団レベルでも全く問題なく防げたのは間違いない。

龍の野郎が非常識過ぎただけだ。

魔法はズルい。お前のそれはズルい。




不幸中の幸いは、龍と出会ってもお嬢が死ななかったということだ。


ようやくたどり着いた庭園で、クソバカ龍がぐったりしたお嬢を抱えているのを見た瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。


激昂した俺を止めたのは、一緒に庭園に駆けつけてくれていた拳王と剣聖の両先生だったそうだ。

「出てない人死が大量に出そうな殺気だったから思わず殴った」

「ヤバ過ぎる顔をしていたから、反射的に切った」

と言われたが、あんた達、龍と俺がいて俺を攻撃するのは間違ってるぞ。


二人をなぎ倒して龍に斬りかかろうとしたとき、目の前に割り込んだ侍女殿が、お嬢は無事だと告げてくれたお陰で、なんとか俺は正気を取り戻した。


多少はかわしたとはいえ、マスター二人からかなりいい一撃をもらっていた俺は、そこで撃沈した。


気がついたら領主邸だった。

龍の奴が俺達を運んだらしい。

なんでもありか!オメーは!


龍との邂逅で、身のうちの龍の因子が揺さぶられて気絶したお嬢ともども、侍女殿のお世話になった。

そして、ようやく目を覚ました頃には何もかもが手遅れで絶望的に終わっていた。


致命的なポカミスをした上に、お嬢の危機に何もできずに大怪我だけした己の醜態を、もちろん、ご当主様は全部ご存知で、大事なときに無駄に怪我をして帰ったことをこっぴどく叱られた。

皆が俺の負傷とそのみっともない原因を、お嬢に黙っていてくれたことだけは、ありがたかった。





暖かな日差し。

綺麗に剪定された植栽の合間には、この季節に見頃となる花が程よく配置されている。時折、軽やかな小鳥の囀りが聞こえた。

本邸の中庭に置かれた大ぶりのベンチには厚手の敷物が掛けられていて、柔らかそうなクッションまでいくつか置かれていた。


「貴様ーっ!即刻、お嬢の膝からその頭を退けろ!!」

「断る」


クソ龍の奴は、のうのうとお嬢の膝に頭をのせたまま、俺を横目でチラリと見てニンマリ笑った。


「クッションがあるだろう!クッションが!」

「こちらの方が気持ちいい」

「こら、そんなところに顔を擦り付けるなよ。くすぐったいだろ」

お嬢は笑いながら、色ボケ龍の頭を撫でている。

「素っ首、叩き落としてやる」

「お前も毎度毎度そう噛みつくなよ。言っただろう?龍さんは今、傷ついた魂の修復中なんだ。私に引っ付いているのはそのためなんだから、そう怒るなって」


お嬢に撫でられて、それはもう気持ち良さそうに目を細めている龍を見ていると、殺意がとめどなく湧いた。


「そのバカに力を吸い取られると、あなた自身は疲弊するんでしょう?断ってください」

「そういうのじゃないから大丈夫。龍さんに触れていると、私も気持ちいいんだよ。こう、なんというか、奥底の深いところで一つに繋がっているみたいな、本来一緒になるべきだった片割れにやっと会えたみたいな?」


うっすらと頬を染めてそう語るお嬢は、なんとも幸せそうにうっとりと龍のバカ野郎を見つめていて、我慢ならなかった。


「それにさ。実は龍さんの体型ってものすごく私の理想どおりなんだよね」

「そうか」

「うん。眼福。腹筋、撫でていい?」

「どこでも好きなだけ触れていいぞ。我の全身全霊は全てそなたのものだ」

「またそういう恥ずかしいことを」


こうしてやる!と言ってお嬢は龍の腹をわしゃわしゃとかき回すように撫でた。

龍はお嬢の片手を取ると、半身を起こして、その手を自分の背中に回させた。そのまま自分も彼女の背に手を回して、正面からピッタリ抱き合う体勢に持ち込んだ龍は、グルリと器用に身体を捻って、ベンチの上で彼女を抱きかかえる姿勢に座り直した。


「ほら、全部そなたのものだから。しっかり抱きしめてくれ。強く抱きしめるのも抱かれるのも好きなのであろう?」

「う、うぅぐ……ちょ、あいつの前でそんなことバラ……恥ず……」

「好きなのだな」

「そうだけど!」


彼女は、抱きすくめられたままそれを認めた。龍の野郎は俺の方をチラリと見て、なんとも満足そうな顔をした。


「でも、あいつは私がこういうことするの嫌がるから」

「そなたがしたいならすればよいのだ」


それ以上、見ていられなくて、踵を返してその場を立ち去った。

死にたい。

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