告別
後頭部を強く殴られて重傷を負ったお嬢は、王都内の療養所でしばし養生していた。
「お食事です」
「今日はなにかな」
「新芋が出ていたのでポタージュにしたそうです。メインは山鳥。デザートは梨の蜜煮です」
「いつもありがとう。療養食を卒業してから、食事が楽しみになったよ」
「食いしん坊のお嬢は毎日パン粥では病気になるでしょう」
「食いしん坊言うな。頭の怪我だけなんだから、食べる分には普通に食べられるんだよ」
ニコニコ嬉しそうにしている彼女に持ち込んだ食事を給仕する。
「お加減はいかがですか?」
「ほとんど問題ない」
無理をしていないか顔を見る。
大丈夫そうだ。
「では医師の許可が出次第、領への帰還の手配をいたします」
「帰る前に聖女様にご挨拶していく。庭園をおさえて。プレオープンの花園部分を一時貸し切りに。夕刻がいい」
「承知しました」
「日時が決まったら、聖女様の侍女殿に連絡してくれ。聖女様の予定は彼女が調整してくれるそうだ」
「わかりました。連携して動きます」
空いた皿を下げていると、じっと顔を見つめられた。
「なにか?」
「いや、お前と侍女さんなら並んだとき背格好が釣り合うのかなって」
「俺のがでかすぎるでしょう」
「そうでもないぞ。私とよりマシだ。私だと小さすぎるんだよ」
「変なことを気にしていないで、たくさん食べて早く元気になってください。成長期なんだから背なんかまだ伸びますよ」
あなたがどんな背でも、副官として後ろに控える分にはなんの問題もないですから。
密かな野望を想像して、内心でニンマリする。今の邪教徒の件を無事に終えられたら、少しは当主様の覚えもめでたくなるかもしれない。
お嬢が領の仕事をするようになったらお嬢の副官見習いになれないか打診してみよう。
それにはまず今の大人数で同時展開するプロジェクトを捌き切らないといけない。
「また、来ます」
「ん。お前は用事だけ終わるとおしまいでそっけないなぁ」
「……枕元でずっと見守りましょうか」
「いらないよ。ちょっと暇だから言ってみただけ。帰っていい」
「お暇ならパズルゲームかリドルをお持ちします」
「医者にはあまり頭を使うなって言われてるんだよ。本ぐらいでいい。気楽なやつを。深刻で難しいやつはナシで。じゃあな」
手をひらひら左右に振られたので振り返して退室した。
そうですね。深刻で難しい案件はこちらで処理しておきます。
と言いつつ、俺は一番気が重い案件を先送りにしてしまっていた。
お嬢が帰る前に聖女様にご挨拶していくというように、俺も義理を通すためには、龍に会っておいた方がいいのだが、どうにも気が進まなかった。
いまだにまともに会話の1つすら成立しない聖女と龍が結婚できる未来が見えない。
邪教徒連中を殲滅する手筈は着々と進めているが、政治情勢的に龍を飼い殺しにしている奴らを反省させる手札が足らない。
「本人のたっての希望なので聖女様の婿にどうですか?」なんて、聖女様を狙って兄弟間ですらギスギスしている王族に提案できるわけがない。
俺はこのあとお嬢と一緒に自領に帰るから、もうお前を聖女に会わせてやるために、連れ出してやることはできないと伝えてやるべきなのだが……。
あいつ、”デート”をめちゃめちゃ楽しみにしているみたいだからな。迎えに行くと、すごく嬉しそうな顔をするし、別れるときは酷くしょんぼりしている。くそう、無駄に人がましく感情表現するようになりやがって。
王都に残る奴に、龍のことを頼もうとしたら、「離宮に潜入して、龍とサシで交渉して、逃がさないようにしつつ、王城の聖女に人知れず会わせて、最後に離宮に元どおり帰す仕事を、他人にやらせようとすんな、ボケ!!」と罵られた。
そうだよな。あんな恋愛ベタの遅々として進まない交際なんて、付き合ってらんないと普通は思うよな。
意を決して会いに行ったら、呪薬を使われた直後だったらしく、絶叫しながらのたうち回っていた。
いっそ今ここで殺してやろうか。
何度目かの自問を呑み込む。
だって前回も別れ際に「またな」と言ってしまったのだ。
今日のこれをカウントに入れてはいかんだろう。
手を伸ばそうとしかけて、こんな状態のときに、敵意のある俺が触れるのは良くないなと、思い直した。
結局、領に戻るぎりぎりの日に、聖女に会いに行くお嬢を見送ってから、龍のところに来た。
龍はなんとか落ち着いたようで、憔悴はしていたが、先日のように錯乱はしていなかった。
「すまない。別れを言いに来た」
俺は、王都を離れることになったのでもうここには来られなくなったと、龍に説明した。
龍はいつも通り「そうか」とだけ応えた。薬の影響がまだ残っているのか、こちらを見ようとせず、ひどく虚ろな感じだった。
「気が狂いそうだ……」
龍はポツリと呟いた。
俺があわてると、奴は静かな目で「まだ、今じゃない」と笑った。
「我の気が狂って世界に害を与え始めたら、お前は我を殺してくれるか」
「物騒なことを言うな。そういうことにはならんようにしてくれ」
「そうだな」
全然、楽しくなさそうな目をしているくせに、口だけで笑っている龍に腹が立ったので、俺は空約束をした。
「わかった。お前がにっちもさっちも行かなくなったら、俺が殴り飛ばして正気にかえらせてやる。それでも暴れたらぶった斬ってやるから覚悟しておけ」
「そうか…………そうか」
何が嬉しいのか龍は少し落ち着いた眼差しで噛みしめるようにそうひとりごちた。
龍は最後に夜空が見たいと言った。
俺は「まぁ、せめてそれぐらいなら」と思って、いつも通りアーティファクトの首輪を肩代りした。
「最後に一度だけ聖女に求婚する機会をくれ。それで受け入れられなかったら、自死する」
「なにっ?!おい!!」
龍はスルリと結界を出ると、いつものお出かけ用の姿になって、無駄にいい笑顔で俺に微笑んだ。
「待て!バカ!!今夜はダメだ!聖女は王城にいない」
「大丈夫だ。あの異界の娘がどこにいるかぐらい、簡単にわかる」
「そういう問題じゃない!行くな!」
「必ず帰る」
そう言い残して龍は姿を消した。
「ド阿呆〜!!」
俺は自分のバカさ加減を呪った。
この後、何が起こるかはサイドA(前作)をお読みの皆様がご存知のとおり。
というわけで、ここから絶望、闇落ち、裏切り……と、クライマックスまで更新加速してお送りします。(1日3回更新になります)
不憫な隊長が幸せになれるその日がくると信じてお付き合い願います。
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この時点での今後の展開予想(大喜利?)も大歓迎です。
それではいましばらく、よろしくお願いいたします。