王城
お嬢の王城務めが決まった。
神託どおりに降臨した聖女が、この世界に馴染めずに、呪われた龍を払う力が思うように使えないらしい。
お嬢が自分の身のまわりを快適にするためと言って考案する謎のアレコレが、ひょっとしたら聖女がこの世界に馴染む役に立つかもしれないからと、当主様が苦渋の選択をした。
領内の腕利きの中から、我こそはという者共の情け容赦ない醜いバトルロイヤルの末に、精鋭が選抜され、お嬢の親衛隊となった。
当然、隊長は俺だ。
拳王?剣聖?……純粋な立ち会い以外が含まれる時点で俺の敵ではない。
王城では、お嬢をうちの父や兄達が仕切る特務で囲い込み、けしてその特異性を広く知られないようにしようと画策したらしい。
アホかと思う。
案の定、彼女は王城勤務の役人、使用人はもとより、王都近隣の商人、職人とも、あっという間に顔馴染になった。
何が見えているのかと疑うほどの目利きで、有能な人材を掘り起こしてきては、味方に取り込み、自分に必要なことに関して、ピンポイントで革新的な成果を引き出すお嬢の手腕は、王城でも冴えわたっていた。
当然、近づく者の信頼性については俺達親衛隊で裏取りは怠りなくしたが、後ろ暗いやつもお嬢と付き合っていると身綺麗に足を洗ういつものミラクルが発動し、実力行使が必要な機会はほとんどなかった。
特務という役職がこんなにも法の隙間で権力を悪用できるとは知らなかったと言って、長兄は頭を抱えていた。
バカめ。お嬢を誰だと思っている。あのご当主様のお子だぞ。
やんわり遠回しにそう言ったら、うちの末っ子がすっかり悪い猟犬に育ってしまったと泣かれた。悪かったな。
俺はお嬢を見守りつつ、当主様の指示で離宮に囚われている”龍”に接触した。
龍は可哀想になるぐらい非道い境遇にさらされていたが、同情するのがバカバカしいくらい万能で超常の存在だった。
俺は、警備状況を見極めつつ、ちょいちょい龍を連れ出して、聖女だという娘に会わせてやった。
龍はお嬢の死に直結する恐ろしい存在だが、本人は別に邪竜になるような悪いやつではなかったので、できれば聖女の力で穏便に呪いを解決してもらいたかったのだ。
龍は聖女にひとめぼれしたらしく、結婚したいとか言い出して、なんとも微笑ましかったが、いかんせん、女を口説く対人コミュニケーション能力がなさすぎた。
残念ながら、俺にもそんな技術はなかったので、相手が手を差し出してくれるぐらい親しくなれたら、手を握り返していいとは教えておいた。
龍と聖女は、夜更けにばったり出会って挨拶を交わす間柄以上になれる気配がないまま、時間がたった。
お嬢はその才能に目をつけられて、聖女の教師として側近くに勤めることになっていた。
龍への対抗手段がある聖女と親しくなることは、お嬢の安全につながるので、それ自体はいいことだった。
ただし、龍とお嬢を会わせるわけにはいかないので、龍を聖女に会わせに行くタイミングは、より慎重にはかる必要があった。
痕跡は残さないように注意していたものの、度重なる脱走で、龍本人の雰囲気が変わったために、警戒され警備も厳重になっていた。
皮肉なことに、秘匿されていた龍の居所が、警備の増員で漏れたらしく、邪教徒の残党が活気づいた。
一方で、お嬢に教育を任せるなんていう馬鹿なことをしたせいで、聖女がだんだん扱いづらくなり、龍も聖女も手の内で管理したい王族側は焦っていた。
ご当主はいましばらく静観するつもりだったようだが、公爵がお嬢を後ろから殴って重症を負わせるという暴挙におよんだ時点でキレた。
「国に仇なす邪教の徒にそそのかされた愚か者め。聖女への影響力が大きくなったことが看過できなかったからといって、王弟の分際でうちの子に手をあげるなど言語道断。ただではすまさんから思い知れ」
いつもの執務室で、壁際に立って暖炉の方を見ながら静かに、それはもう静かにそう言ったご当主様の顔は見れなかったと、教えてくれた副官さんが、いつもは絶対にものに動じないのに、青ざめていたので、相当ダメな感じだったらしい。
そもそも副官さんが連絡役で王都に来たというのがやばい。
俺は、お嬢の身を守れなかった時点で切られる覚悟だったが、立ち入りが制限される聖女の私室内で起こったことだからと、お咎めなしだった。
が、邪教徒粛清の陣頭指揮をとれと言って、副官さんごと本家の精鋭部隊を付けられた。
それは罰です。勘弁してください。
「”国家存続を揺るがす悪しき輩をまとめて狩りだして咬み殺してこい”とのご命令です」
お嬢は怪我の治療が一段落して容態が安定し次第、領に帰還。
その後なら王都がどうなっても構わん、必要なら龍も切れ、と言い切られたらしい。
うちの領の表向きの寄親である辺境伯のところからの早馬が、副官さんの出立寸前で駆け込んできて、死にそうな顔の使者が間に合ったから、うちの大将の命令は若干緩和され、王都炎上は回避されたそうだ。
それにしても、お嬢が殴られて倒れた話を仕入れるのも、そこからの初動も早いぞ、辺境伯。流石、猟犬の面倒を押し付けられ慣れた大貴族。最近、白髪が増えたことを嘆いておいでだそうですが、ハゲるよりいいですよ。
……白髪は増やしちゃったかもしれないなぁ。
穏便に執行するためなら、辺境伯のところの部下も使っていいと言われた。
いや、もう、ホント。勘弁してくれ。