邪教
本邸の執務室は、他の部屋以上に飾り気のない部屋だ。機能性重視で必要な物だけで構成されている。当然、報告に来た使いっ走りの若造が座れる椅子はない。
「ご懸念の通り、神殿にはすでに相当数のシンパが入り込んでいます。リストにあった貴族家は全部、真っ黒でした。王都内の主要な潜伏先を3箇所確認できましたので、そちらの情報も報告に入れておきました」
「ごくろう」
領主様、というよりは”猟犬”の当主は、俺の報告書にさっと目を通して、うち2枚を後ろに控えている副官に渡した。ああ、あそことあそこは潰しておくんだ。なるほど。
いいなぁ、あの立ち位置。すっと受けとって、何も言われなくても、一礼して下がって必要なことをしに行く、ああいう役にそのうちなりたい。
そのうちな。
今は、使いっ走りだ。
「王都では特務にも顔を出したのだろう。久しぶりに家族に会えたかね」
ほら、使いっ走りだから、お使い以外のことをすると、報告が上がってる。
「はい。父は室長になって現場からは引いておりました。今は長兄が実務班長です。父から手紙を預かってまいりました」
どうぞ。本題です。
副官さんもいつの間にか戻ってきているから、本題に入っていいですよね。
「龍の居場所を特定できました。王城ではなく離宮の一つでした」
「龍の状態は?」
「未確認です。薬物で衰弱させて、アーティファクトで拘束しているらしいとの情報はありましたので、裏を取っています」
「龍を衰弱させる薬物だと?」
「”割魂湯”という名であることは判明しています。呪物に近い物ではないかというのが分析班の見解です。実物を入手後にもう少し詳しくご報告させていただくと申しておりました」
「こちらからも何名か出そう。特務だけでは動きづらい場所もあろう」
当主様は走り書きを副官に渡した。
「その薬物。おそらく最初に龍の魂を分割した呪いと同種の物だろう。王家がどこまで自分の手がやっていることを把握しているかは知らんが、神殿がグルな上でそんなものを使っているとしたら、度し難いな」
だから、そういうことを俺みたいな若造にポロッと言うの勘弁してください。
しょうがないな。ではお土産をもう一つ。
「”聖女”が現れるとのお告げがあったそうです。呪われた龍を浄化する力を持つ祝福された者だとか」
「情報源は?」
「昨年、行き倒れていたところを道場で拾った元暗殺者です。今は、悔い改めて王都の神殿で神官をしています」
「うちの者からは何も上がってきていないぞ」
「耳のいい男なので」
「信用できるのか」
「……お嬢様に惚れ込んで、四六時中追い回したので、叩き出しました。ロクデナシの変態ですが、お嬢様の不利益になることは絶対にしないと断言できます」
「わかった」
なんとも言えない顔をしたご当主様は、もう2,3確認と追加の命令をしたあと、俺に下がって良いと言った。
今回のお使いは及第点だったようだ。
言われてたことだけやって帰って来てお土産がないと、ニコニコしながらもう一度行ってこいって言うんだよな、この人。
勘弁して欲しい。
その後の継続調査の結果、あまり有り難くないことに、諸々の裏が取れた。
”龍”というのは特殊な個体で、最強な唯一の存在であるそうだ。
先代の龍は度し難く邪悪な奴で、女を犯すことと弱者をなぶり殺しにすることが好きで、己を崇める者を集めて宗教結社である地下組織を作って、相当えげつないことをしていたらしい。
20年近く前に拳王や剣聖らが協力してこの邪竜を倒したのだが、邪教の信徒は取り逃がした者がいくらか出たという。この残党が再び龍を担ぎ出さないように、王家は次代の龍を確保した。
このときに神殿で開発されたのが”割魂湯”だ。
龍が超常の力を有するのは、異界の魂をその身のうちに取り込んでいるからなのだが、この薬は龍の魂を切り刻んでしまう呪いがかけられているのだという。魂を割かれた龍は弱体化し、アーティファクトを使えば、人の手でも捕らえられるようになる。
邪竜と邪教徒の復活を阻止するためには、今代の龍を拘束して管理下に置く必要があるため、今もこの薬が使われているらしいのだが……。
「呪物なんぞで理を曲げて、本来世界を守る存在であるはずの龍を虜囚のように捕縛して人の管理下に置くなど、非道い冒涜だ。そのような歪さを放置していると、必ずや手痛いしっぺ返しを食らうことになるぞ」
ですよね。先生。
脳筋の拳王先生でもわかることが、うちの国の偉い人にはわからないらしい。
「すでに邪教徒の残党の手が、龍の近くにまでおよんでいるというのであれば、聖女の降臨とやらは間に合わんかもしれんな」
お前が龍に引導を渡すことになるかもしれないから、覚悟しておけ、なんて言われても、先生!
俺にそんなことできる気がしないぞ!無茶振りもいい加減にしてくれ!!
俺がこの話を先生に明かしてるのは、そのいざというときに、マスタークラスの龍殺し級の英雄であるあんた達に協力してもらうためだからな!
「大丈夫。いざとなったらお前はやれる奴だ」
「そういうのは一度でも俺に負けてから言ってもらえませんかね?!」
「おーい。其奴は、この後は私との立ち会いの予定があるのだから、程々にしておいてくれよ」
「長期遠征帰還直後に立て続けにハードな鍛錬ぶっこむのやめてもらえませんか?!俺まだお嬢に会ってないんですよ」
「”会いたければ我々を倒していけ”といった方が、お主、頑張るだろう」
その通りだったが、結局、彼女に会えたのは翌朝だった。