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サステナブルな領主の婚約者になりたくて……龍退治しないといけないってマジですか  作者: 雲丹屋


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思春期

14歳になる頃には彼女はすっかり落ち着いて、もう小さい頃のようにガチャガチャと突拍子もないことを言い出すことはなくなった。

21歳になっていた俺は、毎日、彼女に付き従うだけの生活ではなくなり、領外に派遣される仕事も増えた。


「おかえりー」

「ただいま戻りました。俺がいない間に悪さはしていませんか」

「してない、してない」


スラリと背が伸びた彼女は、その若木のようなほっそりとした手をひらひら左右に振って、屈託なく笑った。

これは彼女特有のジェスチャーの一つで、否定を表す動作だ。否定の度合いが多いと左右に激しく振るが、手のひらを相手に向けて振るときは、別れの挨拶の意味だからシチュエーションで見分ける必要がある。ややこしいことに、ここにいますや、こんにちはの意味で振ってくるときもある。誤解のもとだから見分けられる俺以外には使うなよと、以前注意した。


「頼まれていたものは入手できましたよ」

「やった!いいのあった?」

「かなり純度の高い高品質な物だそうです。別邸の鍛冶場に運ばせました」

「ありがとう!」

「それと、これはお土産です」

「なんだ?またちんまいフィギュアとか買ってきてくれた?」


俺は、出先で見つけた小さい置物などをよく土産として買ってきていた。「ゲームの駒にちょうどいい」などと言って喜んでもらえるからだ。


「すみません。今回は違います」

「いいよ。最近お互い忙しくて新作ゲームも作れないしね。……お!なにこれ、キレイ」


彼女は、渡した丸石をつまんで、目をキラキラさせた。


「宝石ではないですが、ちょっと珍しい石を丸く磨いた物だそうです」

”ピタゴラ装置”で転がせるかも、と言ったら、もったいない!傷が付きそうでヤダ、と言われた。


「良い色だなぁ……あ、コレ、お前の目の色と一緒じゃん」


彼女は、丸石を俺の顔の前にかざした。


「額につけたら、第三の目みたいだぞ」

「目なんか3つあっても無駄でしょう。なんの役に立つんですか」

「なんかこうカッコよくない?内なる秘めた力が迸る……的な」

「要らないですよ。秘めた力なんて」


そう。秘めた力なんかない方がいい。そうしたらあなたは平凡に幸せになれるのに。


「うーん。そっか。やっぱりそういうセンスはアウトか。覚えておこう」

最近、常識的で無難とはなにかに気を使っているのだと、彼女は薄い胸を張った。

「じゃあこれはなにか指輪か首飾りにしようかな。”カンザシ”の玉にいい感じだけど髪短いからなぁ。伸ばそうかな」

「装身具なんてつけたことないでしょう」

「いや、そろそろそういうものにも気を使った方がいいって、こないだ来た商人が言ってた」

「セールストークなんて聞き流せばいいです。無理に女物を勧める業者は俺が排除してあげますからね」

「またまた。そういう過激なことは言うなよ〜。お前、最近すっかり拳王(おっさん)の影響でガラ悪くなっちゃって、もう。いつの間にか自分のこと”俺”とか言ってるし」

「……変ですか?」

「いや、似合ってるし、カッコいいよ。自分も”俺”って言ってみようかなぁ。でも、どっちかって言うと父上みたいになりたいんだよな……やっぱ、領主は”私”って言ったほうが様になるもんな」

「お嬢は”私”の方が似合います」

「むう。その”お嬢”ってのもおっさんのせいだよな。昔は愛称で呼んでくれたのに」

「流石にこの歳で俺がお嬢を愛称呼びはまずいでしょう」

「わかってるよ。貴族の慣習って奴だろ。男女間で名前呼び愛称呼びは、婚約者同士かごく親しい家族だけって奴。面倒くさいなぁ。お前なんか親しい家族以外の何物でもないじゃないか」

「世間的にはそうはいきません」


わかっている。それをわきまえているから、俺はここにいられるのだ。


「もうお前、婚約者になったらいいんじゃないか?家のためにはどうせそのうち誰かと結婚しなきゃいけないんだし、自分は男と恋愛なんて考えられないし、お前ならそのあたり承知してくれてるもんな」

「面倒くさいで決めていいことではないですよ。それにそういうことはご当主様がお決めになることです」

「うん、まぁ、父上からは18になるまで考えなくていいって言われてる」


自分はこの前の”貴族における男女交際”教育で、結婚に夢も希望もないことは理解したと言って、彼女はうなだれた。

枯れ果てた爺さんがやってきて苔むしたような”良識”を教えていったあの授業は悪夢だった。

「おや、ご令嬢と聞いていたと思ったがご令息だったか。失敬、失敬。わしも耄碌したのう」とかのたまったジジイは、男向けの解説を延々とした。貴族の結婚は愛情なんぞ無くても大丈夫と言い切った挙げ句、健康な若い男なら愛情なんぞ無くても、擦れば子種は出るとぬかして、彼女の前で俺に()()させやがった。

あの日に限って俺以外の使用人がいなかったことを考えると、最初からはめられたらしい。ひょっとしたら、お互いに異性の自覚がなさすぎてゼロ距離な俺達に、多少は性別を意識させて、適切な距離を取るように促す意図があったのかもしれない。


だがな!相手は中身完全に男なあいつだぞ!!


「意外と手慣れてて驚いた……」

という、どうしようもないコメントをもらった俺の心の傷は深いんだ。誰のせいだよ、ど畜生。




そんなわけで、彼女が思春期を迎えても、俺と彼女は男友達で兄弟分でどうしようもなく主従で、恋愛も恥じらいも挟まる隙のない関係のままだった。

彼女が他の男連中もいる運動場で、下着みたいな薄着でトレーニングをしようとするのは、やんわり止めさせたが、夜の自室や、早朝の本邸の中庭で二人しかいないときは大目にみた。


「あっ、思いついたんだけどさ。ほら、寄せてあげたら、ちょっと胸っぽくない?コレ、この調子で育てたら、触り放題のチチが自前で確保できるんじゃね?」

という暴言を吐いたときは、流石にド頭ひっぱたいて「人間として恥を知れ!」と叱った。

「俺の方が胸囲はあるが、自分で触っても何も面白くないと断言できる」と言ったら、納得してくれたのか、以後、アホなことは言わなくなったが、説得の方向性はあれで良かったのかどうか、ちょっと自信がない。




成人を迎えても、彼女はドレスを着なかったし、土産の丸石はタイピンになった。

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