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食客

本来、彼女の中の龍の因子を持つはずだった龍は、呪いの力でその力が欠けたことで弱体化し、今は拘束されて国の管理下にあるらしい。


国家機密だから漏らすなよ、とさらっと言われたんだけど、その手の話を成人したばかりの若造にポロポロするのは、どうかと思う。

信頼されているからだと思い込んで、一層頑張った当時の自分が哀れなのでこれ以上は言わないが、とにかく領主様の情報収集力と人脈はエグかった。




彼女が12歳、俺が19歳になる頃には、屋敷には腕利きが何人も食客として招かれていた。

囚われている呪われた龍が万が一、彼女の中に自分の龍の因子があることに気付いて取り戻しに来ると、彼女は死んでしまう。弱体化しているとはいえ龍は強力らしいので、彼女を守るためには、俺が努力した程度では全然足らないのは理解できた。

だが、だからといって、拳王だの剣聖だのと呼ばれる達人を何人も集める必要はあったのかと、今更ながら問いただしたい。




最初に招かれたのは拳王だった。


表向きの理由は、物好きな領主が趣味で後援するというだけ。

軍には編入しない、戦争があっても徴兵しない、戦闘を強要しない、無理に弟子を取らせようとしない。

とにかく公的に何も要求、強要しないと念書を書いた挙げ句、衣食住丸ごとサポートしてパトロンになろうという破格の条件だった。


「別に毎日食っちゃ寝してダラダラ過ごしてもらっても構わないよ」


ニコニコしながらそう言い切った領主様を、頭おかしいんじゃねーかという目で見た拳王はけして悪くない。

とにかく数日滞在してみてくれと説得されて、館に泊まった拳王に、彼女は突撃した。


「うぉおお!すっごい筋肉!何食ったらこんな巌みたいな身体になるの?夕飯何食べたい?やっぱ肉?赤身?好き嫌いある?あ、トレーニングルーム見る?バーベル重いの発注しなきゃ。今日は長旅で疲れてるなら風呂入るか?入浴後のマッサージとか気持ちいいよ。やったことある?」

ノンストップで捲し立てられて拳王は目を白黒させた。


「酒があれば飯は食えれば何でもいい。貴族の上品すぎる奴は勘弁してくれ。毛布が一枚あれば土間の隅でも眠れるからほっといてくれ」

「え?そんな生活してたの?今、何歳?若い時は無理がきくけど、ある程度年取って来ると、体にガタが来るよ」

「わぁあああ!拳王様に何言っちゃってんの?!し、失礼しましたっ!!」


慌てて間に入った俺のシャツをめくりあげて、彼女は俺の腹をペチペチ叩いた。


「見よ。この丈夫で健康な良い身体。健全な生活は健全な肉体を育むぞ」

この筋肉は私が育てた!とドヤ顔で自慢する彼女の頭をひっぱたいた。

「バカ!鍛錬したのは僕自身だよ」

そもそも拳王様の前で筋肉自慢とか、恥ずかしすぎるからやめて欲しい。


拳王はニヤニヤしながら俺達を見て、「そんなに言うなら、そいつがどんなもんかちょっと見せてもらおうか」といった。




当然ながら、俺はあっさりボロ雑巾のようにノされた。


彼女は身動きできない俺にすがりついてワンワン泣いた挙げ句、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を俺のシャツで拭いて、キリッと拳王を睨みつけた。


「このカタキは私がとってみせる!」

「ほほう。ちびっ子のお前がどうするんだ?5年や10年修行してもお前じゃ俺には勝てんぞ」

「わかっている!天才のこいつが勝てなかったお前に、凡才で非力な私が勝てるわけがない」


ううう、本物の天才の前で、”天才”とか評するのやめてください。

止めたくても指一本、声一つままならない状態だった俺がハラハラしていると、クソ生意気なお子様は「だがな!」と言って拳王に指を突きつけた。


「必ずや貴様のその肉体を、生活環境と食習慣の改善と、適切なトレーニングで今以上に強くして、現在のお前を負かしてみせる!!」

「はぁ?」

「見てろよ!田舎の若造をひねって遊んだ程度でいい気になっている今の慢心した貴様の高く伸び上がった鼻っ柱をへし折って、吠え面書かせてやる。私が間違っておりました。修練の高みは果てしないにもかかわらず、仮初めの頂点に胡座をかき、できることを行わない無知と怠惰に流されていた自分は愚か者でしたと悔しがらせてみせるからな!」


わけが分からなかった。


しかし、流石に拳王と讃えられた男は度量が違った。

彼は呵々と笑って、「わかった、小僧。やってみせてみろ」と言った。


「よし。覚悟しろよ。だが、ちょっと待っていてくれ。まずはこいつを手当してやらんといかん。優先順位はこいつが1番で、お前は2番だ。それは譲れん」

おい、起きてるか?立てるか?この程度でぶっ倒れたままとは根性が足りんぞ、と言われて、一回立ち上がって見せた俺は褒められていいと思う。


立ち上がったもののその直後に昏倒した俺をベッドに運んでくれた拳王は、その後、勧められるままに温浴室に行き、「その汚れ固まったもつれた髪を洗ってやる」と言って乗り込んできた彼女を見て悲鳴をあげたらしい。


以後、彼女は男がいる風呂場に入るときは水浴着の着用を義務付けられた。




次にやってきた剣聖は、拳王とは旧知の間柄だったらしい。


「人里に近寄らない野獣が飼いならされたと言う戯けた話を聞いて来てみたのだが……驚いたな。熊が人がましい生活をしている」

「やかましいわ。この蟷螂野郎。おい、コイツに茶は入れんでいいぞ」

「でも、お客様は丁寧にもてなさないと父上に叱られてしまいます」


拳王の一件で、大目玉を食らった彼女は、剣聖のときにはいたって大人しかった。剣聖はニコニコしている彼女を無視して、茶を注ごうと近づいた俺をジロリと見た。


「こいつは何だ」

「俺の弟子だ」

「弟子?!貴様、面倒だから生涯弟子は取らんと豪語しておっただろう!」

「おっと、単なる弟子と言ってはいかんな。なにせここでは、こいつが1番で俺は2番だ」

「なんだと?!」

「先生、そのネタでからかうのはいい加減やめてください」

「バカな……人と交流できない粗野極まりない野獣が弟子をとって、しかもその相手から”先生”と呼ばれて敬われているだと」

「フフン。いつまでも昔の俺だと思うなよ。愚か者め」

「馬鹿者に愚者呼ばわりされるいわれはない!貴族に飼われてすっかり手懐けられた腑抜けた貴様を笑いに来たが、想像以上にイカレてしまったようだな」

「おうおう。仮初めの頂点に胡座をかいて鼻っ柱の伸びた阿呆がここにもいたぞ」

「その愚弄、捨て置かぬぞ!立て!」


激高する剣聖を前に肩をすくめた拳王は「お前、相手してみるか?」などという恐ろしいことを俺に尋ねた。

勘弁してください。


「おっちゃん、がんばれー」

と彼女の声援を受けて立ち上がった拳王は、訓練用の運動場が半分吹き飛ぶ勝負の末に剣聖に勝利した。


「なぜだ……なぜこれほど短期間でこのように強くなった」

「はっはっは。健全な生活は健全な肉体を育むのだよ。愚か者め。最善策を知らずに闇雲に剣を振り回して無駄な修練を重ね、できるはずのことを行わない無知と怠惰に流されている己を恥じるが良い」

ドヤ顔で高笑いをする拳王を、俺達は生暖かい目で見た。




数日の滞在の後、剣聖も拳王と同じく、彼女謹製の筋トレ器具と肉体強化特別メニューにハマッた。


「胃袋つかんでくるのはズルイよな」

「栄養バランスだけなら、食材にさえ気をつければ他所でもなんとかなるんですが、あの味付けと調理方法は再現が難しくて」

「お嬢が指導した料理人だけが知っているっていう門外不出レシピなんだろう?あれは卑怯だ。俺たちゃ一生ここから離れられねぇ」

「僕は最初から離れる気はないです」

「おめぇがお嬢の側から離れるだなんて、誰も思っちゃいねぇけどよ」

「剣聖さんはいつまでいてくださいますかね?」

「さあな。あいつは放浪癖があるやつだから」


雑談しながら組手をしていた俺と拳王のところに、剣聖が髪を振り乱して走ってきた。


「あ、あ、あやつ……お、女?!」

「おう、やっと気づいたか」

「今さら態度を変えないでくださいね。女の子扱いされて距離を置かれると本人がいたく傷付きますから」

「し、しかし私は女が苦手で……」

「大丈夫。本人も周りも女扱いは欠片もしてません。あなたも男として扱ってあげてください」

「いや、だがな。そうはいっても」

「それが守れないなら出ていってもらいます。彼女に害をなす存在はこの領に要りません」


きっぱり言い切った俺に、剣聖は口をつぐんだ。


「な?ここではこいつが1番上なのさ」

拳王は剣聖の肩を叩きながら「お前は3番な」と楽しそうに笑った。



結局、剣聖は残り、芋づる式に他のマスタークラスの猛者や、その弟子入り志願者達もうちの領にやってきた。

どんなに腕が良くても、単に粗暴だったり、金目当てな外道はお引取り願った。主家を侮ったり、うちの方針を守れないものも追い出した。もちろん年端も行かぬ彼女に胡乱な目を向けるものは論外である。拳王と剣聖の両先生にもお手伝いいただき速やかに排除した。


厳選したにもかかわらず、無駄に多くの者が残った。

彼女の守りが充実するのは歓迎だったが、俺の修行内容がどんどん多岐にわたってハードになるのは勘弁してほしかった。

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