教育
「あの子は”龍”の因子を持って生まれてしまったのだ」
ある時、彼女の父である当主様は、俺にそう教えてくれた。
世界最強級の存在である龍は、魂自体にこの世ならざる異界の力を内包しているそうだ。その龍の力の源である異界の力の一部が、彼女に入ってしまっているらしい。
幼少期の彼女から溢れ出していた訳の分からないエネルギーを思い出して、俺は納得した。成長するに連れて落ち着いてきたように思えるが、今でもふとした拍子に、彼女がキラキラとまばゆく見えることがある。あれが龍の因子である異界の力だということだろう。
「本来なら人の身には余る力だ」
そのために彼女は、幼子は知るはずのない知識や大人のような知見を持っていたのだという。だがそれは、人の子供には負担になる知恵で、彼女は精神的にとても危うい子供だったという。
正直、どう扱っていいのか決めかねていたと、彼は打ち明けた。
「君が来てくれてからは、あの子もだいぶ落ち着いてね」
感謝していると言われて、恐縮した。
「男の子として育つことが、あの子にとっては最善だったらしい」
生まれついた性別や年齢の型に押し込めるのでもなく、内にある大人の知識に合わせて大人として扱うのでもなく、背伸びがしたいマセた子供として、真っ当に育ちなおすことが重要なのだという。
「君の堅実さはあの子にとても良い影響を与えている」
賢すぎるせいで、一足飛びに成果を得たがるきらいがあるところを、徹底的に矯正してくれと頼まれた。
確かに彼女は、ゲームでたまに一攫千金の野望を抱くことがある。確率的にそうはならないと口ではさんざん言いながら、時折、欲をかいて大失敗するのだ。
”宝石鉱山”というゲームは、坑道を掘り進むように順にカードをめくって、カードに書かれた個数の宝石を手に入れるというゲームなのだが、彼女はこれで、調子に乗ってカードをめくりすぎるタイプだった。
このゲームには、宝石以外に”落盤”などのカードも含まれていて、これが出るとプレイヤーはそれまでに手に入れた宝石を全部失ってしまう。そういうカードが出る前に、引きどきを見定めて引き返すことで、見つけた宝石を手に入れるというゲームなのだ。
俺はこのゲームでは慎重すぎて儲けが少ないタイプで、5セットやるとたいていどこかでボロ儲けした彼女に負ける。
だが、人生は一度きりなのだから、ゲームのように、何度もやって1回成功すれば良いというものではない。
ちなみに、昔、当主様と一緒にこのゲームをやったことがあるが、彼の勝ち方はエグかった。
5セットの終盤になるほど読みが当たるので、なぜそんなに引き際が正確にわかるのかと尋ねたら、場に出たカードを見れば、山札の残りカードがわかるのだから、あとは単純計算だと言われて、子供二人でひっくり返った。
捨て札になった4セット分も記憶してプレイするというのは、教えられたからと言っておいそれと真似できるものではなかったが、二人とも負けず嫌いなので以後は必死に場札を覚えるようになった。
実は、単に彼女をコテンパンに負かすということなら、当主様本人が一番適役だった。
だが彼いわく、隔絶しすぎた負けは悔しさと改善につながりにくいからダメだという。父親という小さい子供にとっては元々絶対的強者にある地位のものが、遊びで大勝しても、別枠で勘定されて成長に寄与しないそうだ。
……単に娘に嫌われたくないだけだろうと思ったが、そこは指摘しなかった。
身近で少し上に良い目標があることが重要なのだと言って、当主様は俺に時々ゲームに勝つコツを教えてくれた。
「この裏切り者のゲームのコマは、挟んでさえやれば無節操に裏返って陣営を変えるが、この4つの角の部分だけは違う。逃げ場がないほど徹底して追い込まれた立ち位置にいるコマはけして裏切らない。逆に半端に追い込んだ位置の奴は最も危険だから、できるだけ自分からそういう手駒を配置するな」
「最後に21をカウントした方が負けだというのなら、絶対に相手がそう言わざるを得ない条件を考えろ。そして1つ前の手番で相手をその条件に落とし込むようにするには自分はどうすればいいのかを考えて行けば、このゲームは先手を取った時点で必ず勝てる」
「盤面のすべてを見ろ。盤面以外のすべても見ろ」
「ブラフはさりげなく仕込め」
「勝ちたいときは罪悪感なんて犬に食わせろ。ただし本当に自分が勝ちたい局面はどこで、勝って手に入れたいものはなんなのかはよく見定めて間違えるな」
子供に何教えているんですか?と突っ込みたかったが、あの方にとって俺は単なる手駒なんだろうなと察しがついたので、ありがたく拝聴した。
最も重要な宝を守るための最強の手駒になってやろうじゃないか。
一番身近にいて彼女から尊敬され頼りにされる立ち位置が得られるなら、どんなものでも喰らって強くなる覚悟はあった。
俺が成人すると、当主様から教えられる内容は、ゲームのコツなどではなく実務になった。ちょっと引くような内部情報などもガンガン教えられたので、信頼はされていたのだと思う。
おそらく当主様にとって俺は、逃げ場がないほど徹底して追い込まれた立ち位置にいるために絶対に裏切らない手駒だったのだろう。自分でもその自覚はあった。
だから、彼女の命を守るためには、龍を相手にする必要があるらしいと明かされたときにも、俺の決意は揺らがなかった。