邪神竜
「やっば。全部こっちに戻っちゃった」
「お嬢?」
目を覚ましたもののなにか様子がおかしい。俺は、腕の中の彼女の震える体を抱きしめた。
「大丈夫。すぐに俺がなんとかしてやる。どこが苦しい?」
「龍さんの中身を連れてきちゃった。お陰でキツイ。状況は?」
「龍は拳王先生や親衛隊連中が抑えてくれている。が、もう限界のはずだ」
「他人の身体で暴れている馬鹿に一発食らわせてやってくれ。あの身体、ぶん取り返すぞ」
「わかった」
「よおし。女神の加護、めーいっぱいつけちゃる」
彼女は俺をギュッと抱きしめ返した。
キラキラした白い輝きが、俺を包んだ。
「よし、行ってこい」
「行ってきます」
念願叶ってハグできたから、思い残すことはありません。今なら何でもやります。
俺は、いい犬なんだ。
わんわんわん。
握った拳が、白い輝きを増す。
それにしても、ずっとあんな良い思いをしていたとは、龍の奴、許せんな。
しかも、今はお嬢の身体に間借りしているだと?お嬢のご厚意に甘えるのもたいがいにしろよ。ぶん殴ってやる。
俺はなんの躊躇もなく、まっすぐ邪竜に突っ込んで行った。
「オラァ!!そこ、空けろーっ!」
俺の拳が、白く輝く光の尾を引いた。
拳王と剣聖の両先生が慌てて飛び退いた間から、俺は思いっきり拳を邪竜に叩き込んだ。
やった本人がびっくりするぐらいでかい音がして、邪竜が聖堂の奥まで吹き飛んだ。
神像が祀られた壁龕に突っ込んで、派手に火柱が上がる。
あっちゃー、アーティファクト壊しちゃったか。そういえば拘束術式は?
ふと見ると祭壇がいつの間にか真っ二つになっている。
俺は隣にいる剣聖先生を見た。
先生……その剣、俺のですね。
スッと手を出したら、サッと返された。
「預かっておいてやったぞ」
「あわよくばガメようとしたでしょう」
お嬢が俺用に拵えてくれた逸品だ。
非常識に切れるので、剣聖先生は自分が若い時にこんな剣を持てていたらとさめざめ嘆いていた。
「残念ながら、お前用に調整されすぎていて、余人では最善に使えん……残念ながら」
未練たらたらだな、おい。
俺は受け取った剣を腰に佩いた。
「まだ終わっていない。来るぞ」
拳王が崩れた壁龕を睨みながら怒鳴った。もうもうと上がる黒煙の間に紫色の雷電がはしる。
再び黒い靄が吹き出して渦を巻き始めた。靄に巻き込まれるように瓦礫がゆっくりと浮かび上がる。壊れた神像と崩れた壁や割れた床材の破片が融合して、人のような竜のような不気味な塊となっていく。
黒い靄と紫電が、瓦礫でできた怪物の血肉を形成するかのように、その周囲にまといついた。
〜〜〜
あいつのパンチがクリーンヒットして、”龍”の身体が吹っ飛ばされた。
うわ、痛そう。大丈夫か?身体。
なんか火柱上がってるぞ。
一瞬心配したけれど、不意に向こうが”空いた”のがわかった。
流石、リナちゃんから貰った聖女パワー。邪神だかなんだかを龍の身体から無事に追い出してくれたようだ。
さぁ、龍さん。今だ!
向こうの身体に戻れ!!
って……あれ?ちょっと待て?
”龍さん”部分、どこからどこまでだ?
やばい。なんか親和性高すぎて一体化してる。容量のない人間の身体に無理やり入ったのがまずかったかな?
いやいや、とにかく半分向こうに戻らないといかんでしょう。こっちの身体にこれ以上負荷はかけられない。
うーん、でも龍さんになるとあいつに嫌われるのがイヤだなぁ。
それはそれとして、なんかやばいのが出てきてないか?龍の身体から追い出した邪神成分が、神像をベースに固まって、自力で体を作り始めたぞ。
あ、なるほど。自分が服とか創る魔法と似たようなやつか。現世には顕現しちゃったから、力は使えるんだな。
これは早めに退治しないとまずい。
身体がないと、消耗が激しいからじきに霧散するだろうけれど、神像を冒涜する形で仮の身体を用意されちゃうと、存在が固定されてしまう。挙げ句、空っぽの龍の身体を取り込まれたら、厄介なんてもんじゃない。
あー、もう。しょうがない。行くか。
”お嬢”として後ろで守られているんじゃなくて、肩を並べて戦うっていうやつを、いっぺんやってみたかったし。
…………というわけで。
やってきました”龍”ボディ。
強い!丈夫!フィット感抜群。
なんだコレ。何でもやり放題か?!
くうぅ。魂が補完された状態で正しい身体に入るのが、これほど快適だとは。
ゆっくりと起き上がりながら、邪竜化していた体型や外見を、元の理想形に戻す。黒い鱗や外殻が剥がれ落ちていく。おっと、服、服。リナちゃんと侍女さんがいるから裸はいかん。
服はやっぱりあいつとお揃いがいいな。白と黒で色違いにすっか。
どうせ顔や体型もあいつに似せたわけだし。……龍だった”我”があいつを好きすぎて恥ずかしい。ついでに、そんな自分が美化して真似っ子したあいつの外見がもろ好みだと思っていた”私”も恥ずかしい。
自覚したくなかったけど、気づいちゃったからもう開き直るしかないんだけどね。
そうだよ。悪かったな。あいつは、子供の頃からの理想のヒーロー様だよ。だってさ。一番身近で、絶対届かない、スーパーカッコイイ男だったんだ。そりゃ、憧れるって。
よし。今こそ、非力な女の”私”でもなく、疎まれた忌まわしい”我”でもなく、お前の隣に並んでやるぞ!
溢れた想いが力となって全身を満たす。この全能感。もう額から内なる秘めた力が迸っちゃうよ。
アルティメット”俺”、参上!!
埃やなんやを吹き飛ばして、すっくと仁王立ちしてやったら、あいつが目を丸くしていた。
ふはははは。どうだ。かっこいいだろう。
笑顔で手を振ったら、あんぐり口を開けて驚いたあと、あわてて”お嬢”の身体とこっちを見比べて二度見してた。
さすが察しがいい。
え?何?すっごい顔して。
大丈夫だよ。そっちの私が気絶しているのは2個1変身ヒーローと同じで一時的なものだから。
「コイツを倒したらそっちに戻る!説明は後だ。さっさと終わらせよう」
巨大なドラゴン形体になった邪神を指してそう言えば、あいつは、言いかけた文句も疑問も飲み込んで、ただ「おう」とだけ応えた。
はは。お前のそういうところ好きだ。
あとでちゃんと愚痴も苦情も受け付けてやるからね。
俺に気づいた邪神竜からの攻撃をかわして、あいつの隣に並ぶ。
ほうら、俺のがちょっと背が高いぞ。
思わず口元がニヤリとする。
それにしても、ホワイトとブラックな二人で悪い敵を成敗って、いやぁー、ニチアサヒロインなリナちゃんの力を借りただけのことはあるなぁ。
当然、ヒーロータイムは最初からクライマックスなテンションで勝ちました。
結果的に聖堂が瓦礫と化したのは、途中でさらに巨大化した敵が悪いので、俺達がやりすぎたわけではありません。……そういうことにしました。
次回、最終話




