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サステナブルな領主の婚約者になりたくて……龍退治しないといけないってマジですか  作者: 雲丹屋


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裏切り者

世の中をまっとうに維持するというのは、実はなかなか面倒くさい。

呆れるほど地味で地道な小さな仕事の継続と、時流の変化に対応するためのたゆまぬ些細な改善が必要だったりする。

圧倒的に強くて万能な個があったらなんとかなるかというと、なんともならなくて、凡庸な働き者が大量にいる。


だから、”龍”という存在は、国というもので考えた場合、ひどく厄介だ。


龍の持つ力はバカバカしく強力で、インチキ臭く万能だ。その存在の前に並のカリスマは霞んでしまう。

手に入れてうまく使えればたしかに強力だが、切れ過ぎる大剣と同じで日々の生活では使い所が難しいうえに、戦争や災害などの派手な局面で使えば、名声を根こそぎさらってしまう。

異界の知識と感覚を持つがゆえに、政治権力を与えると、今の世にそぐわぬことをしでかすし、配下に落とせば王が見劣りする。

国政を預かるものにしてみれば、たまったものではない相手だ。




そもそも龍の性格と行動傾向は、異界のどのような魂を取り込んだかに左右される。


どんな魂が宿るかはランダムで、叡明で慈悲深く徳の高い存在となる可能性は低い。街で偶然出会った人がそのような人物である可能性を考えれば、だいたい望み薄なのがわかろうというものだ。

龍に宿る異界の魂にとっても龍の力は扱いなれぬ強大なものであるようで、多くの場合は、ろくなことをしない。




先代の龍は品性下劣で、龍としての力を己の身勝手で不道徳な欲望にのみ使った。歓楽街の酔っ払ったゴロツキに、何でもできる力があったら何をする?と尋ねた時に帰ってくる答えを、もう一回りか二回り退廃的で残酷にエスカレートさせたような状態だったらしい。


いらないとしか言いようがないが、おこぼれに与って自分の欲を満たした者にとっては、たまらなく甘美な体験だったようだ。少なくない数の狂信者が邪竜を崇めた。


邪竜は面倒な(まつりごと)をする気はなかったようで、神を僭称し、己を崇めるアンダーグラウンドな新興宗教の教祖になって、やりたいことだけをやった。

周りを固めた邪教の高司祭達は、邪竜が討伐された後も、邪神信仰とその退廃的な教義を捨てられなかった。己の卑俗な欲に高尚な権威を与えてくれる大義名分なのだ。捨てられるはずがない。


会員制の秘密クラブか何かのように、密かに信徒を増やしつつ活動を続けるうちに、彼らの教義の目指すところはゆっくり変容していったらしい。




「龍を生贄に邪神を召喚するって何だそれは」

「違う。龍の完全なる身体に、我らの神がご降臨なさるのだ」


神官の白いローブに身を包んだ元暗殺者の男は、暗い通路を歩きながら、俺に滔々と説明した。

曰く、世間的には邪竜と疎まれ討たれた尊き教祖の魂は、神と等しくなり、不完全な存在である今代の龍の身体に降臨することによって、再び現世に顕現して我らを導く云々。


「龍を手に入れた今、神の復活は近い!」


……だそうな。


この男も、コロコロと表に裏に立場を変えて忙しい男だ。まるで裏切り者のゲームの駒のようだ。そう思ったところで、そういえば昔、自分はあのゲームの盤の角に置かれた、けしてひっくり返らない駒なのだと思っていたことを思い出した。今思えば、俺は逃げ場がないほど追い込まれたために裏切れない手駒などではなかった。




大きな扉の前に立ち、いつもの黒い一張羅の上から着せられた白い上着になんとなく目を落とす。襟が高く裾が膝下まであるが、細身でシンプルなものだ。

開いた扉の奥は、高い柱が並び立つ薄暗い大空間だった。壁の燈籠が壁龕に祀られた神像をゆらゆらと照らし出している。聖句が彫られた香炉が吊るされたここは、本来は聖なる神の神殿の奥の間だ。


神聖な礼拝が行われるべき場所には、目元や顔全体を覆う仮面や頭巾を付けた者たちが並んでいた。

彼らの金糸で飾られた白い服は、神官や祭司のそれと同じだ。

俺の今着ている上着も、階級を表す装飾こそ何もないものの、よく似ている。一緒に並べば、奴らの一人に見えるだろう。

こんなものを着て、ここにいる自分に、思わず苦笑が漏れた。


「いいのか、こんな場所で」

「ご降臨が成れば、我らが神がこの国の国教となる。なんの問題もない」


促されるままに進めば、中央の玉座のような祭壇に、龍が拘束されていた。




こちらに向けられていた奴の顔は、一体どういう表情をすれば良いのかわからないとでも言うように、虚ろだった。

しょうのないやつだ。

自分は、少しはこの場での立場にふさわしい表情をしようと思った。が、俺の顔も奴とおっつかっつだったかもしれない。


奥の壇上には、袖や裾の長い一際豪奢な白い祭服を着た細身の男が立っていた。


「直々にお出ましか」

「私が誰だか知っているのか」

「先代龍の息子なんだって?」


表向きの役職名付きフルネームで呼んでやると、男は目元を覆っていた仮面を外した。


「なぜわかった」


俺は黙って肩をすくめた。

そりゃ、そんな珍しい銀髪を腰まで長く伸ばしている人物なんて、あんた以外いないだろう。目元隠しただけでバレないと思ったのはなぜかと、逆に聞きたい。




「まぁ良い。貴様のお陰で龍が手に入った。いよいよ我らが悲願が達成される刻が来たのだ!」


俺は朗々と演説を始めた男を横目に、周囲に居並ぶ者たちを確認した。

居るわ居るわ。見覚えのある貴族や高官がザクザク居る。お嬢を殴って蟄居を命じられたはずの公爵らしき姿もある。

なるほど。邪神降臨後に国教を変えるのは、神の覚えめでたい新国王というのが既定路線というわけだ。




「今ここに、龍に最も近しいものの血と心臓を捧げ、裂けた龍の魂に我らが神をお呼びする!」


首や手の枷の鎖が引かれて、()()、龍の前に引き据えられた。


「残念だったな。取り立ててもらえるかと主人を裏切ったのに、こんな末路とは。恨むならてめぇを恨めよ」


床に置かれた台座に、俺を鎖で固定しながら、元暗殺者は「こんな時まで取り澄ました顔しやがって、最後ぐらい泣いて命乞いぐらいしてみせろよ、哀れに鳴いてみせたら裏切り者の捨て犬でもお慈悲をいただけるかもしれないぜ」と憎々しげにいった。


バカだな。


俺は逃げ場がなく追い込まれたから立ち位置を決める駒じゃないんだよ。ルールとは無関係に子供相手のハンデとして、最初に角に置かれて、最後まで子供の味方な、絶対に裏切らない駒なんだ。




もっとも親しい相手を目の前で殺して心臓を取り出して捧げることで、薬で弱らせた龍をさらに動揺させて、その隙につけ込んで、邪神を降霊しようという儀式は、龍にとって何者でもない自分を贄にすれば絶対に成功しない。

龍が唯一心を傾ける相手はお嬢だからな。

そのお嬢は、書き置きで知らせた段取りどおり、こいつらの手が届かない安全な場所から必要な連絡をして、この儀式に集まった面々を一網打尽にしてくれるはずだ。


怪しいのはわかっていても証拠が足りなくて処罰を下せなかった奴らがこれで根こそぎ排除できる。

何よりお嬢と龍の奴にちょっかいをかける不届き者がいなくなる。


龍の奴には、酷い役割を振っちまった。入手した割魂湯に似せて作った苦くて腹痛を起こさせる薬を飲んでもらって、わざと捕虜になってもらったのだ。しかしそれについては、ちゃんと説明してあいつも同意したんだから、よしとする。例のアーティファクトの枷をはめられて機嫌の悪そうな顔はしているが、邪教徒どもが思っているほど悪い体調ではないはずだ。


昔、当主様に教えられたことだ。

勝ちたいときは、罪悪感なんて犬に食わせて、本当に自分が勝ちたい局面はどこで、勝って手に入れたいものはなんなのかはよく見定めて間違えないようにすること。


俺にとっていちばん大事なのは、お嬢の安全と幸せだ。

だから、これで本望だ。


石の台座に鎖で仰向けに拘束されて、高い天井を仰ぐ。

お嬢は今頃、本邸の自室だろうか。

侍女殿に任せたから安心だ。


邪竜に生き写しらしい銀髪の美貌の優男が、ちょっと笑っちゃうような過剰装飾の短剣を握って、俺を見下ろす。

切れ味悪いだろう、それ。

斜め後ろで付き人っぽい奴が捧げ持っている大坏も、邪悪さを強調したデザインだ。そいつに血とかを入れるだなんて言わないよな?

儀式が始まり、周囲の有象無象がなにかそれっぽい詠唱を始める。

悪趣味だなぁ。勘弁してほしい。




目を閉じようと思ったとき、ふと視野の端にいるはずのない人物を見つけた。

……なぜ、()()()()()()ここにいる?

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