出会い
前作の登場人物紹介にだけ登場する隊長さんが主人公のサイドBです。
前作がまだの方は、そちらからどうぞ
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初めて出会ったとき、彼女は5歳で俺は12歳だった。
彼女は、本家筋のお嬢様で、分家の有象無象の中で一番末の小僧が会う機会は本来ない相手だった。
なんでも、大変利発だが少し扱いが難しい子で、同年代の者では相手がさせられないので7つ歳上の俺が選ばれたらしい。
話を聞いたときは、正直、性格に難のあるマセガキのお守りなんて嫌だと思った。
「お前が守役か!ごくろう。まぁ、座れ」
開口一番そう言ったお嬢様は、自分の隣の床をバンバン叩いた。
「座れ……って」
「おっと、ここは土足厳禁だ。靴を脱げ。大丈夫。板間だが掃除はキレイにしてもらっている。クッションは好きに使っていい。お前、ボードゲームは得意か?」
キラキラした目でこちらを見上げる彼女からは、訳の分からないエネルギーがほとばしっていた。
情けないことに、俺は当初、7つも歳下の幼女にボードゲームで負け続けた。
「フフン。腐るな、少年。精進せい」
ニヤニヤしながら生意気な口をきく彼女は、俺と遊ぶのが無性に楽しいらしく、初心者の俺でも勝てるようにルールを調整さえした。
「一人で遊ぶのは飽きたし、父上やうちの大人連中は仕事があるから、そうそう子供の遊びに付き合わせるわけにはいかん」
これが小さな子供の口からポロリと出てくるのだ。挙げ句……
「お前が来てくれてよかった。最高に楽しい!」
満面の笑みでこんなことを言われて、俺はあっけなく陥落した。
最初の数ヶ月ほどは通いだったが、あっという間に俺は本家に住み込みになり、毎日、ずっと一緒に過ごした。
土足厳禁の彼女の遊び部屋に用意された玩具の数々は、見たこともない物ばかりだった。
”ピタゴラ装置”という謎の名前の玩具は積み木や、溝の付いた細長い木片を組み合わせて、小さな玉を転がすという仕掛けで、俺は熱中しすぎて怒られた。
ボードゲームの大半は彼女自身の考案で、領内の職人にコマなどを作ってもらったものだという。
「これはなんだ?」
「6面ダイスだ。4面で鶏の骨でできたのなら知っているだろう?アレの正6面体版なんだ」
思えば、正多面体の概念を知ったのは、この頃のダイスの話が切っかけだった。点数計算のための四則演算や、勝率を考えるための確率統計など、数学の基礎は、ゲームのために覚えたと言って良い。
「インチキだ!なんで、僕の12は出ないのに、そっちの7ばっかり出るんだ?!」
「ははははは。2D6の神の摂理に跪け。期待値7の真理が知りたくば、出目すべての組み合わせと、その2値の加算結果を書き出してみるがよい」
「さっきから続けて赤だから、今度こそ白だ」
「残念。毎回初期条件が同じにリセットして振り直す限り、結果の確率は前回の結果に依存しない」
「やったー!白だ。僕の勝ちだ!!」
「あーっ!くそーっ。もう一回!」
「信じて待てば、叶うんだよ」
「試行回数が十分に多ければ結果は理論値に近くなるんだってば」
「いいよ。なんべんだって付き合う」
「わーい!」
マセガキで、うんちくタレで、小生意気だったが、素直で一生懸命で陽気でよく笑う彼女と遊ぶのは楽しかった。
単純なゲームの名称に古典文学の有名な裏切り者の名前がつけられていたり、ルールが商取引や軍団の戦略配置を元にしていたりするため、俺は必死で勉強した。
浅学だと小ネタの意味すら汲み取れない遊びを、7つ歳下の子供から提供されて負ける悔しさは、俺を叩きのめしたが強くした。
新作ゲームを共同で作るようになってからは、俺の筆記の腕はみるみる向上した。ゲームで使うカードのフレーバーテキストをちょっとかっこよくするためだけに、夜更けまでくそ難しい専門書を二人で唸りながら読んだりすることすら、無性に楽しかった。
屋内ゲームではなく体を使う外遊びとなると、当たり前だが一気に俺は優位に立てた。
大人げないとは今だから思えるが、当時の俺は子供だったので、思う存分お兄さん風を吹かした。実家では年の離れた末っ子だったから、弟分ができたのが、素直に嬉しかったのだ。
そう。ゲームでコテンパンにされている間に、俺は相手を”女の子”と思う気持ちがさっぱりなくなっていた。
彼女は動きやすく汚れてもいいような男の子の服を着て遊び回っていたから、俺は木登りも探検もとっ組み合いも、完全に男兄弟基準でやった。
夏場の水遊びは、流石に配慮すべきかと最初は思ったが「気にすんな」と一笑に付されて、これまた遠慮なく遊んだ。
彼女の父親も含め、周囲の大人は、そんな俺達に何も言わなかった。
年齢による基礎体力の差はあったから、そこは考えてやってくれとは言われたが、”か弱い女の子であるお嬢様になんてことを”なんていって叱る人は誰もいなかった。
それどころか、彼女が「やりたい」と言い出したら、乗馬や体術、果ては剣術まで教師が手配された。
雇われた教師たちは、10歳になるやならずの彼女ではなくて、俺がメインだと勘違いしたらしい。「では、君が見本を見せてあげなきゃ」とノせられた俺は、死にそうにしごかれた。
見えはりでええカッコしいだった俺にとって、彼女のお昼寝の時間は、地獄の猛特訓時間で、いかにそれを悟られないかという点で、教師たちや屋敷の使用人とは強力なタッグを組んでいた。
涼しい顔で教師の無茶振りをこなして見せると、彼女は目を丸くして、俺を褒め称えてくれた。この一瞬の優越感のために、俺はあらゆる努力を惜しまなかった。
ちょうど俺はその頃成長期で、鍛えていると、日々、背が伸び、筋肉がつくのが実感できる年頃だった。
「いいなー。お前、最近またちょっとたくましくなったんじゃないか」
練習の汗を流して、ホットタブに浸かっているとき、腹筋をつつかれた。
本家の温浴室は、彼女の妙な悪癖を叶えるためにわざわざ離れに拵えられた部屋で、大きな浴槽と揚水機付きの水桶と湯沸かし釜があるタイル張りの奇妙なところだ。
彼女はたっぷりの湯に体を浸す温浴が大好きで、俺は当時、毎日この温浴につきあわされていた。
「かっこいいなー。ずるいぞ」
「ずるくないよ。ちゃんと毎日鍛えているから、身体が応えてくれているだけだもの」
「ううう。このぷっくりした腹は、鍛えてもちっとも強そうにならない」
自分の柔らかいお腹をさすりながら嘆く相手に、俺は性差ではなく年齢差を説いた。
「君はまだ僕が君と出会ったときよりも歳下じゃないか。身体の準備ができる前に無理をしたって効果は出ないよ」
「そうかー」
「そうとも」
実のところ、彼女は末恐ろしいほど才能に溢れていて、性差も年齢差も笑い飛ばすように、色々なことを身につけていた。それなのに、それだけでは足らないというように、彼女は何でも完璧以上にこなそうと無理をしていた。
俺は当時、生き急ぐ彼女の鼻っ柱を折って、一息つかせる役を仰せつかっていた。
「あの子に、自分は特別でも何でもない、普通の子なんだと思わせてやってくれないか?」
本家の当主である彼女の父親は、彼女が雨の日までトレーニングをやって寝込んだ日、俺を執務室に呼んでそう頼んだ。
「あんなに特別なのに?!」
「だからこそだ」
彼はおっとりした優しい顔立ちで、しかしきっぱりと言った。
「自分は特別だから、特別なことをしなければならないだなんて思い込んで、多く遠く高くに手を伸ばしすぎればあの子は破滅する」
あの子がどれだけ特別だとしても、自分は親としてあの子が人並みに幸せになってくれることを望みたいのだ、と彼女の父は静かに語った。
「だが、だからといって、あの子の才能や才覚を全部否定して蓋をしたいわけではない」
親というのは、難儀なものでね、と彼は苦笑した。
「君は自分で自分のことを特別だとは思っていないだろう?」
「はい」
俺は即答した。
当たり前だ。特別というのは彼女のような子のことをいうのだ。
「だから、”普通”の君が常にあの子の前にいて、あの子が君には敵わないと思う男でいてくれ。そのための協力は惜しまない」
今思えば、悪魔のような命令だったが、当時の俺は「はい」と答える以外なかった。
不憫な隊長さんを幸せにしようプロジェクト開幕。
書けば書くほど不憫さが増していく主人公の明日はどっちだ?!
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