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ぶた仲間 ⑨

 クッスレア本国とそれに付随する数多の領地では、人間同士の戦いが法律で禁止されている。たとえ両者合意の元であっても、喧嘩や決闘を行う者は野蛮人だし、それを見世物にする商売なんてもってのほかだ。武力とは魔物に使うものであり、人間に対して使うものじゃない、そういう考え方が根本にある。

 だから、アタシが無敗の女王なんてものをやっていた違法地下闘技場――興行名『モンテカルロの夜』は、格闘試合に賭博行為まで合わさって、関わった人間全員が処罰される明確な犯罪だった。

 だがしかし、それが犯罪である理由がアタシにはよくわからなかった。アタシと挑戦者が試合をして、それを見るために観客が金を払って、アタシはファイトマネーをもらう。この一連の流れで、いったい誰が損をする? アタシが行っていたという犯罪の被害者は、いったい誰なんだ? 人間同士の争いを助長する行為だと言われれば、まあそうなのかもしれない。でもアタシにそんなつもりはないし、そうなる未来も想像できない。

 そう心の中で思っていたせいで、アタシは罪を犯したという自覚が薄かった。豚小屋での生活を強いられ、命の危険がある仕事をやらされ、なにもない牢屋で五日間暮らし、そしてリフィに懺悔している今でさえ、頭の片隅に残っている。アタシはいったい、誰を傷つけたんだ?

 開き直っているわけじゃない。本当に分からないのだ。そしてそれが分からないのに、アタシは自分が犯罪者であることをはっきりと思い知った。まるで、手足を切り落とされた状態で谷底に突き落とされ、さあ登ってこいと言われているかのような気分だ。

「人はみな、贖罪のために生きているの」

 アタシの懺悔を聞き終えたリフィは、仕切りの向こうでそう言った。

 赦しの秘蹟――教会の告解室で行われる、儀礼的行為の一つだ。仕切りの向こうにいる聖職者に罪を告白し、エイリス様の言葉をもらう。

「原罪はもちろん、潜在的罪、社会的罪、個人的罪、罪の形は様々で、償い方もそれぞれ違う。道に迷ってしまうのは仕方のない事よ」

 原罪は知っている。人間は生まれたときから考え方も価値観も違う。それゆえに、ただ生きているだけで不和は起こる。人類が生まれながらに背負う罪だ。償うためには、互いを認め、赦さなくてはならない。そうして償い続けなければ、世界は分裂しやがて滅んでしまうとまで、エイリス様は言った。

 聞いたことのない三つの罪について尋ねると、リフィは一つずつ説明してくれる。

 潜在的罪とは、誰だって罪を犯す可能性を持っている、ということらしい。

 社会的罪とは、社会のルールを破ることだ。世間一般で言う犯罪とは、このことを指す。

 そして個人的罪とは、社会的に赦されようとも、自分自身が赦せず背負い込んだ罪。時間が不可逆である以上、償いとは本質的には不可能なもので、罪を犯さなかった自分には戻れない。それゆえに生まれる後悔とも言える。

「潜在的罪は、己を律し続けることで償える。社会的罪は、裁きを受けることで償える。でも、個人的罪に明確な償いの方法はない。どうすれば心が軽くなるかなんて、人それぞれだもの。だからステフ、あなたが道に迷ってしまうのも、仕方のないことよ」

 だったら、いったいどうすればアタシは――。

「安心してステフ。そのために私はここにいるの」

 告解室は仕切りで区切られている。咎人と聖職者という、明確な線引きがある。教えを請う側と請われる側、はっきりとした上下関係がある。それなのに、リフィはそんなものを意に介さず、仕切りなんて物理的な壁さえすり抜けて、アタシに寄り添っている。すぐそばで、手を握ってくれているかのように。

「誰かのために生きましょう、私と一緒に。ステフならできるわ。だってあなたはもう、そのための奇跡を三つも宿しているんだもの」

 体の各部位で、タトゥーのように浮かび上がる、ルーン文字とは似て非なる三つの印。

 右手の甲には第一の印、痛みを和らげる奇跡。これが発現したとき、たしかアタシは修道院の一年生で、同期の中じゃ一番乗りだったものだから、鼻を高くした。

 左手の甲には第二の印、体の傷を治す奇跡。発現したのは三年生の中頃で、卒業後すぐに司祭の道へ進めることに安堵した。

 額には第三の印、呪いを取り除く奇跡。これが発現したころアタシは闘技場の女王なんてものをやっていて、聖職者たるもの清廉であれという修道院の教えを鼻で笑った。

 そしてたった今、アタシの腹部が熱を帯び、へそのあたりに新たな印が発現する。それは第四の印、飢えと渇きを満たす奇跡。

「ほら、ステフ」リフィが言う。まるで確信していたかのように。「世界が告げているの。あなたは救われるって」

 まさしく導きであり、救いであり、赦しだった。

「感謝を……アタシを見捨てなかったこの世界に、感謝します」

 大粒の涙を流しながら、アタシは天に祈る。

 どうか、どうか世界よ、アタシにありったけの苦難を。それをものともせず、奇跡を授かったこの身は歩み続けるから。海を割った彼の者のように、決して折れることなく、勇敢に、清廉に。隣人を愛し、世界を救う一助となることを、ここに誓います。

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