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ぶた仲間 ⑤

「よく来てくれた! 最高だぜアンタ!」

 乾杯ののち、隣に座っていた騎士が肩を組もうとしてきたもんだから、アタシはそれを払いのける。たしか、オレインとか言ったか。命令通りきちんとデュラハンの馬を仕留めた男だ。

 アタシは小さい樽に取っ手をつけたような木製のジョッキに口をつけ、中身をすする。

 任務が終われば豚小屋に返されると思っていたんだが、こうして酒盛りに付き合わされている。まさか懲役の場で酒が飲めるとは思ってもみなかった。あまり好んで飲むタイプじゃないが、今の状況で飲む酒は確かに美味い。

 ベラとルースは、イベリコ豚への態度が嘘のように愛想良く振る舞っている。

 オロバス領での勤務は危険度が高いぶん、三年ほど務めれば出世の足がかりになる。家柄もコネもない騎士からすれば、出世の武器を得るための数少ない手段の一つだ。男漁りの場として見るならば、優良物件とまでは言わないが、掘り出し物くらいなら見つかるだろう。

「ステフ、今のうちに種蒔いとかないともったいないわよ。私たちは大きなハンデがあるんだから、チャンスは逃さないようにしないと。問題を起こしたときにかばってくれるかもしれないしね」ベラが狙った騎士の隣に席を移動する途中、ひっそりと耳打ちしてくる。

 イベリア隊は最年長が二十三歳と、全体的に若い。年上で色っぽいベラに全員が鼻を伸ばしていた。

 反対に妹のルースは、いかにも場慣れしていない、しかしこの場を嫌がるようではなく、むしろ話しかけられるのを待っているかのような、というなんとも狙いやすそうな女を演じていた。それに釣られた馬鹿が一人、ルースの隣に来て声をかけている。

「ルース司祭は、こういう場は苦手ですか?」

「い、いえ、苦手というか、初めてなので、緊張してしまって」

「実は僕もこの部隊では一番の新入りでして、まだなじめていないと言いますか、ははは」

 派手で色気のあるベラに比べれば、ルースは素朴な女だが、姉妹なだけあってよく見れば地味ながら整った顔立ちをしている。そんなルースに、照れたような嬉しそうな笑顔を向けられた若い騎士は、コロッとやられたのだろう、頬を染めて立ち上がる。

「こ、こういう場ですから、後輩が盛り上げないとですね。ああ、ルース司祭は自分のペースで楽しんでください。そういう意味で言ったわけじゃないので!」

 若い騎士は馬鹿騒ぎする先輩らの輪に果敢に飛び込み、今日倒したデュラハンのものまねをしている先輩の前に立ち塞がる。そして、よーし、死ぬなよお前ら! とイベリコ豚のものまねをし始めた。

 その様子を横目に見ながら、ルースがアタシの隣にやってくる。

「良いのが釣れました。あれはアタリですよ」ルースは悪い顔でそれだけ言うと、

「ブタが飛んだぞお!」

 という叫び声に反応し、デュラハン役の先輩に吹っ飛ばされた若い騎士に駆け寄る。

「大丈夫ですか! すぐに治療します!」ルースは〝本気で心配そうに駆け寄ってきて神聖魔術まで使い始めた天然女〟を演じ、それを演技だと見抜けなかった馬鹿な騎士たちが笑い転げた。

「大丈夫ですよ。フリですから。怪我はしてません」

「えっ、あ、ああ! そうですよね! すみません! 私なにもわかってなくて!」

 ルースはおろおろと手をさまよわせ、まるで無意識のうちに助けを求めてしまったかのように若い騎士の肩に触れる。

 アタシはその光景を肴にしながら、ちびちびと酒を飲む。あの中に入りたいとは思わないが、それを見ながら「馬鹿だなあ」なんて内心でつぶやいて酒を飲むのは性に合っていた。

 そんなアタシと目が合ったオレインが、輪の中心でなにかを言い、ほかの騎士たちがいたずら小僧のようににやにやと笑って、全員がこっちを見てきた。なんだか嫌な予感がする。そう思ったのもつかの間、オレインが「スケルトンだ!」と叫んだ。

 カタカタカタカタ、とスケルトンの音を口に出しながら、騎士たちがアタシのほうへとにじり寄ってくる。ベラがこっちに走ってきて、助けてください聖騎士さまあ、とアタシの背に隠れる。

「なっ!? おい! 茶番に巻き込むんじゃねえ!」

 にじり寄ってくる騎士たちの向こうで、ルースが意地悪く笑みを浮かべている。

 クソ、こんなことになるなら、ブタの餌やりに行ったリフィに着いていくんだった。そう思っていると、食堂の扉が、バンッ! と開いた。

「うるせえぞお前ら! 廊下まで声が響いてんだよ!」

 自室で任務報告書を書いていたイベリコ豚がやってきた。その後ろからリフィが顔を出し、こっちに手を振る。

「肉は残ってるだろうな?」

「やべえ、急いで食え! 肉が消えるぞ!」

 イベリコ豚に食い荒らされる前にと、騎士たちは馬鹿騒ぎばかりでほとんど手をつけていなかった料理を慌てて口にかき込む。

 イベリコ豚のおかげでスケルトンと聖騎士の寸劇は終わり、楽しそうね、とリフィが隣にやってくる。

「そっちも楽しんできたのか?」

 茶番に巻き込まれそうになった腹いせから、八つ当たりで軽くいじってやると、リフィは思いのほか慌てふためいた。

「違うってば! たまたま廊下で会っただけで!」

「え? お前、マジであのイベリコ豚のこと好きなの?」

 リフィは肉の取り合いをしているイベリコ豚をチラリと見て、顔を真っ赤にしてうなずく。

 ずいぶん可愛らしい反応だ。ベラとルースを見ていたせいで余計にそう思う。

「負ける要素がないわね」

「そもそもライバルがいません」

 いつのまにかベラとルースがアタシたちの正面に座っていた。面白いおもちゃを見つけた、と子ども心にたとえるには邪悪さが隠しきれない表情で、勝手に話を進める。

「イベリア家って聞いたことある?」

「ないですね」

「まあ、わざわざここに来てるってことは、家柄は見込めない感じよね」

「二十三歳で部隊長だろ? 現場で見ても優秀っぽかったから、将来性は見込めるんじゃねえか? ここに来るってことは出世の野心もありそうだし」とアタシも話に混ざる。

「確かに、太っているせいで動きは遅いし体力もなさそうでしたが、指揮官としては優秀に感じました」

「まあ、ルックスを抜きにすれば、ここじゃ有望株よね。それで、リフィはどうしたいの? たしか今十九歳だったかしら? その年で司教なんて優秀じゃない。ここでの仕事が終わったら出世間違いなしでしょ。しかも領主の娘。ぶっちゃけ男なんて選び放題じゃないの。あのレベルの男なら、いくらつまんだって文句言われないわよ」

「そ、それが、自分でもよく分からなくて……だって、喋れるブタさんなんて初めてなんだもの」

「あくまでブタなのね……まあ、そういうことだったら、早いとこ囲ってしまいなさい」

「囲うって、柵で?」リフィが純粋な顔で尋ね、ベラが呆れる。

「違うわよ。領主の娘なんだから、父親に頼んで好条件で雇い入れろってこと。幸い騎士としては優秀なんだから、反対はされないでしょ。それに、シャックス領ってあれでしょう? 領主が養豚所を建てて、領民にタダでブタ肉を配ってるところでしょう? あの男だったら跳びはねて喜ぶわよ。あとは愛人にするなり結婚相手候補にするなり好きにすればいいじゃない」

 そんな風に、計算高いベラは色々と作戦を伝授したのち、優しい姉のような顔つきでリフィの背中を押す。

「大丈夫。リフィは私らと違ってすねに傷もないし、正直に気持ちを伝えるだけで上手くいくわ。ほら、行ってらっしゃい」

「ベラ……ありがとう。行ってくる。ああ、でも、これだけは言わせて。違うなんてことはないわ。人は皆、贖罪のために生きているんだもの」

 リフィは席を立ち、さっさと食事を終えて食堂を出ようとするイベリコ豚に声をかける。

「イベリコさん!」

「イベリアです」

「あ、あのですね! もしよろしければ、オロバス領での任期を終えたら、シャックス家に来ませんか?」

 イベリコ豚がはっとする。きっと今頃、頭の中では様々な考えがよぎっているだろう。騎士としての優秀さを認められスカウトされたのか、それとも男として気に入られたのか、どちらにせよ騎士として働くならば、給金などの条件はいかほどのものか。ほかにも、シャックス領に住むことができれば、大好きなブタ肉がたくさん食べられる、とか。なんにせよ、人生の分岐点、しかもビッグチャンスだ。当然、期待と緊張の入り交じる表情をしている。

「そ、それはつまり……どういった」

「はい、えっと、まず、シャックス家の所有する養豚場は間違いなく世界一です。放牧場もあります。ご飯も良いものを使っていまして、トイレも流水を用いていますので小屋は綺麗ですし、もちろん私も毎日心を込めてお世話を――」

「止めに行くぞ! 完全にブタとして連れ帰ろうとしてやがる!」

 アタシは慌てて駆け寄り、リフィの口を手で塞ぐ。表情の死んでいるイベリコ豚を放置して、アタシら三人はリフィを抱えて豚小屋へと逃げ帰った。

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