ぶた仲間 ②
オロバス領は魔王城に最も近い領地で、魔王城から流れてくる大量の魔物をぶっ殺すためだけに存在する。二十五の砦を城壁で横並びに繋ぎ合わせ、魔王城とは反対側におまけ程度の村がある。アタシが寝泊まりしているのは、砦の中にあるブタ小屋だ。
「にしても、きったねえな」
朝早く、ブタどもが食い散らかした餌をデッキブラシで掃除しながら文句を垂れていると、反対側の通路を活き活きとした顔で清掃していたリフィが、寝起きとは思えねえ元気な声を出してきた。
「そんなことないわ。ブタさんはきれい好きなのよ。トイレだって決まった場所でするし、寝床もトイレから遠い場所と決めてるの」
ここ数日一緒に居て分かったんだが、リフィは病的にブタが好きらしい。初対面でアタシをブタみたいな体と言ったのは、本気の褒め言葉らしかった。
「それよりステフ、綺麗な言葉遣いを心がけないと。あなたは清廉な聖職者なんだから」
リフィが言うと、同じくこの豚小屋に住まわされているブタ仲間が同意の声をあげる。
「リフィの言うとおりでございですます」
「ルース、『です』と『ます』は同時に使うなって言ってんだろ」
「わかったます」
「もういい、馬鹿は黙ってろ」
「わたくし様の妹様にお馬鹿様とはなんということをおっしゃれますのでございますですか」
「お前に関してはもはやなに言ってんのかわかんねえんだよ!」
「デッキブラシを振り回さないでほしいます。汚れが飛んでくるます」
「だいたいあなた様は生意気であらせられまするところでしてよステフ様。新入り様のうえにご年齢も一番低くていらっしゃいますことでありましょう。わたくし様のことは敬意を込めたてまつりましてベラ様とおよびになってくださいましてございます」
「ああああ! マジで黙れ! 頭がおかしくなる!」
「ちょっと! 暴れないでみんな! ブタさんが怖がってるでしょう! ごめんねえ、怖かったよねえ、おー、よしよし」
「すみません、手をどけてもらえると助かるのですが」
ぴたっ、と時が止まったような静寂が訪れる。全員の視線が、リフィに頭を撫でられむずがゆそうにしている男に注がれた。男は丸々と太り、黒い鎧を着ている。
「おいリフィ、ブタが柵から抜け出してんぞ」
「ほんとですね」とルースが同意し、「リフィ、噛まれたら危ないから早く中に戻しなさい」ベラが当たり前のように言う。
「てめえら普通に喋れんじゃねえか」
「ごめんなさいみんな。ほーら黒ブタさん、中に戻ろうねえ」
リフィが黒鎧デブの背中を押し、柵の中に誘導する。黒鎧デブは額に青筋を浮かべながらも、なぜか大人しく柵の中に収まった。ちなみにこの豚小屋は牢屋を改造して建てられたという経緯から、柵に入れられると自力では出られない。
「皆さん、いい加減にしないと上に報告しますよ……」
「いや、抵抗しろよ」
「ノリのいいブタですね」
「脂のノリも良さそうだわ。ていうか誰なのこの男?」
おとこ? とリフィが首をかしげ、柵の中にいる黒鎧デブをまじまじと見つめる。
「人だ! みんな! ヒトっぽい黒ブタさんかと思ったら黒ブタさんっぽいヒトさん! え!? すごい!」
黒鎧デブを指さし、リフィがどうしてか瞳を輝かせる。
「あいつ、なんで嬉しそうなんだ?」
「ブタ狂いだからでしょう」
「喋る猫とか居たらテンションあがるでしょ? そんな感じじゃないかしら」
リフィは子どものように目を輝かせ、柵の中にいる黒鎧デブにぐっと顔を近づける。
「初めまして黒ブタさん! お名前はあるんですか?」
「あるに決まってるじゃないですか。ベジョータ・イベリアです。新しくここの看守になりました。それに伴い、皆さんは今日付でイベリア隊所属となります。隊長は私です。色々と立場の違いはありますが、ここでは命を預け合う身。互いへの敬意を忘れず良い関係を築きましょう」
「すげえなこいつ。こんな扱い受けといて言える台詞じゃねえよ普通」
「将来大物になるかもですね」
「でもここの看守って、罰ゲームみたいな扱いらしいわよ」
「そりゃあ、毎日豚小屋に通ってこんな奴らの相手させられるんだからな。もはや刑罰だろ」
「じゃあなにかやらかして、飛ばされてきたんですかね?」
「さあ、見るからにモテなそうだし、囚人相手ならワンチャンとか思って来てたりして」
「うわっ、きもっ」ベラの推測に、思わず本音がこぼれた。
「失礼な……私はただ、ブタ肉を食べ過ぎて苦情が殺到しただけです」
「そんなに食いたかったら自分で育ててこいってか」
「ただのデブじゃないですか」
「お手本のようなデブね」
ぞんざいな扱いをするアタシたちとは違い、リフィは張り切った様子でデッキブラシを掲げる。
「さあみなさん! 新しい看守さんに、私たちが贖罪のために頑張っているところを見てもらいましょう!」
「しょくざいってどっちの意味かしら?」
「食べ物のほうでしょう」
「いや、罪を償うほうだろ」
くだらない会話をしながら、アタシたちは豚小屋の清掃に戻る。
「いや、出してくれません?」黒ブタが柵を軽く小突いた。
「はーい、お掃除が終わったらごはん持ってきますからねえ」
「餌出せって意味じゃありませんよ? あの、すみません、無視しないでくれますか? おーい…………おい! コラ! ここから出せって言ってんだよ!」
こうしてアタシたちブタ仲間に、新たなブタが加わった。