ぶた仲間 ⑫
デートだった。紛れもなく、そういうつもりでオレインはアタシを誘ったらしかった。
酒場のおばさんを治療したあと、オレインはアタシを丘の上にある展望台へと連れていった。展望台からは、オロバス領への後方支援を行っている近隣のストラス領と、そのずっと先にあるクッスレア本国が見えた。
「ほんとは夜に連れてきてやりたかった。クッスレアの街明かりが綺麗でよお、王姫の住む塔がぽうっと光るんだ」
懲役中のアタシは日が暮れる前に砦へと戻らなくちゃならない。まるでシンデレラの逸話みたいだと、雰囲気に酔っているのか、ガラにもなく思う。隣にいるのは王子様じゃなく、酒浸りの騎士だが。
「飲みながら言うことじゃねえけどよお、俺ぁ、まっとうな騎士になりてえんだ。そのためにここに来た。俺のいたフォカロル領じゃ、任務中に酒を飲む騎士ばっかりだ。フォカロル領出身ってだけで、どこの貴族も雇っちゃくれねえ」
酔っているのか、身の上話を始めたオレインに、アタシは水の入った皮袋を渡す。
「いいよ、水なんざ。酒に酔ってるわけじゃねえんだ」
オレインがこっちを見る。酒盛りで見せる馬鹿面とはまったく違う、真剣な顔。だらしない酒浸りはどこかに消え、男盛りの精悍さが浮き出てくる。
「言っただろ。酒も女も、強くねえと酔えなくなっちまった」
オレインがアタシの肩に手を回す。喜ばしいことだ。こんなアタシを好いてくれるなんて。オレインが顔を近づけてくる。ありがたいことだ。口づけ一つで誰かを幸せにできるなんて。それだけじゃすまないかもしれないけれど、構いはしない。手の届く限り、誰かを幸せにすると決めたのだから。
迫ってくるオレインの顔。そのはるか向こうで、鳥の群れが飛んでいる。そっちに焦点を合わせると、オレインの顔が視界の中でぼやけて、遠近感を失う。そのままじっと鳥たちを見つめる。夕日を背に飛ぶ鳥の群れ。あれが一羽だけだったら、自由を連想していたのだろうか。
アルコール臭が鼻をつき、なんだか現実に引き戻されたような気になる。どうせならアタシも飲んでおけば良かった。そんなことを考えながら、そのときを待つ。
「わりい。調子に乗りすぎた」
くちびるが触れあう直前で、オレインは体ごとアタシから離れた。
「オレイン様」アタシはなにか、とても悪いことをしてしまった気がして、離れていったオレインに寄り添おうとする。
しかし、オレインは突っぱねるようにアタシの肩を押しかえしてきた。
オレインは酒壺の蓋を閉め、背を向ける。
「そろそろ帰らねえと、日が沈む」
大股で歩き出したオレインを、アタシは修道服のスカートが音を立てないよう、足を小刻みに動かしながら懸命に追いかける。丘をくだる階段にさしかかり、オレインの影が階段の形に合わせて折れ曲がる。蛇のようにぐねぐねと、影は階段の上をなぞっていく。その動きがぴたりと止まる。
「なあ、ステフ」
オレインが振り向く。気まずさから目を合わせることができず、言葉の続きをじっと待つ。
「俺といる時間は、贖罪か?」
そんなわけがない。そう思いたいのに、アタシは否定の言葉を口にできなかった。