ぶた仲間 ①
ピンク色をした生き物が、夢中で餌箱へ顔を突っ込んでいる。やけにでかい鼻の周りには食べかすがこびりついていて、それを鼻息で飛ばし、餌箱にリリースしている。
「これがブタか」
アタシはこんなきたねえ生き物を、うめえうめえ、と食っていたのか。
犯罪者をぶち込む場所はブタ箱と呼ばれるが、まさか本当にブタと一緒に暮らす羽目になるとは思いもしなかった。まったく、悪いことはするもんじゃねえな。
かがみ込み、目線を合わせるようにしても、ブタはアタシのほうを見ない。一心不乱に餌をむさぼっている。餌はどう見ても残飯だ。食べ残しや野菜の切れ端なんかがそのまま入っている。
こんな生ゴミを食っている生物が、どうしてあんなに美味いのか疑問に思っていると、ぐう、腹の虫が鳴り、昨日からなにも食べていないことを思い出す。いつメシを食えるのかも分からない身分のアタシは、少し迷ってから餌箱に手を伸ばした。すると、さっきまで見向きもしていなかったブタが、ひときわ大きい鼻息を発し、アタシの右手に噛みつきやがった。
「いってえなこの野郎!」
アタシは左手でブタのでかっ鼻をぶっ叩く。ひるんだブタの口から右手を引き抜き、思いっきり睨みつけた。ブタは噛んでやるぞと言わんばかりに口をぱくぱくと動かし、にらみ返してくる。
第二の印で傷を治す。無駄な体力使わせやがって。人間様とブタ畜生、どっちが上か教えてやろうかと思ったが、ブタ相手に喧嘩するみじめさが勝った。アタシはがっくりとうなだれ、餌箱の外にこぼれた大根の葉っぱを拾う。
「なにをやってるの!」
餌箱を抱えた女が、大根の葉っぱを口に運ぼうとしていたアタシに叫んでいた。その後ろには、同じ餌箱を抱えた女が二人、取り巻きのように付き従っている。
アタシは腰を上げ、さっき叫んできた先頭の女を仁王立ちで見下ろす。こいつがこのブタ箱を仕切ってる頭か。身長はアタシより頭一つぶん低い。スタイルは普通だな。まあバストサイズでアタシの圧勝だろ。目鼻立ちは整ってるが、肌がきたねえ。かきむしりすぎたのか皮がめくれて、ピンク色になっている部分がいくつもある。たとえそれがなくたって、アタシの完全勝利だが。
「まだら模様のブタみたいな肌してんなてめえ」
こんな場所だ。舐められたら最後、どんな扱いを受けるか分からねえ。まずは軽く挑発して、先に手を出してきたらこっちのもんだ。三秒で格付けをすませてやる……と思っていたのだが、
「あなた、褒め上手ね!」
女はそう言って元気に笑った。後ろにいた女たちもクスクス笑っている。
まあ、こんな安い挑発には乗らねえか。見たところ腕っ節は弱そうだし、アタシみたいに暴力的な方向の犯罪者じゃあねえんだろう。看守の騎士にでも取り入って、上手いこと立ち回ってるに違いねえ。
ということは、腕っ節で分からせたところで看守に泣きつかれてアタシが痛い目をみるだけだ。つまり暴力での格付けは無駄。ここはスマートにいくか。
「あなたもブタさんみたいな体ね!」
「ぶっ殺すぞてめえ!」アタシは女の右頬をぶん殴った。
女が倒れる。抱えていた餌箱が派手な音を立てて地面に転がる。ぶちまけられた餌をもろに被った女を、アタシは胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。伸びた胸元から貧相な乳が覗き見えた。アタシは自分の高い鼻が向こうの低い鼻にくっつくほど顔を近づけ、ドスを利かせた声を出す。
「アタシは胸がでけえからこの服だと太って見えるだけだ。勘違いすんじゃねえぞ貧乳」
やっちまった、とは思ったが、今更あとにはひけねえ。そら、後ろの仲間に助けを求めやがれ。そうすりゃ、多少は言い訳が立つ。新人いびりに反抗しましたとでも言えば、そこまで刑期は延びねえだろ。取り入ってる騎士様もついでに奪っちまえばいい。こんな貧乳に利用されてるようなやつだ。谷間でもチラ見せすりゃ一発に決まってる。
「右の頬をぶたれたら、左の頬も差し出しなさい」
女はアタシに左頬を向け、そう言った。瞳は潤み、今にも泣きそうな顔だ。どう見たってビビってる。なのに、声だけは毅然としている。
「エイリス様のお言葉よ。その修道服を身に纏う以上、あなたも清廉な聖職者なのだから、覚えておかないと」
女は不格好な笑顔を作り、横目にアタシを見る。胸ぐらを掴んでいたアタシの手からは、いつのまにか力が抜けていた。
「罪なき者のみ石を投げよ。エイリス様のお言葉だ。悪かった。アタシにあんたを殴る資格はねえ」
これがアタシ――ステフ・アンドーラと、リフィフィ・シャックスとの出会いだった。