赤いクレヨン
「赤いクレヨン」を題材にしました。
面白いと感じていただけると幸いです。
赤いクレヨンをひろった。誰のものかもわからない、小さな古いクレヨンだ。近くの幼稚園の園児の落としものかもしれない。
「……て」
ふと、幼い声が聞こえた気がして、ぼくは周囲を見渡した。となりのクマちゃんもぼくに倣う。周りは見慣れた通学路ーーーーのはずだった。
「…ここ、どこ……?」
ぼくたちは見知らぬ場所にいた。まいご。どうして?四年生になってからは一度も道に迷ったことがないのに。陽が沈みかけた住宅街は真っ赤に染まっていて、それよりもずっと赤いクレヨンが、ぼくたちの不安をいっそうかき立てていた。
「この家の人に、道をきこう。きっとへいきだよ!」
不安の色をまぎらわすように明るく言って、ぼくは目の前の赤い屋根の家のインターホンを押した。ピポポーン、と調子外れな音がして、怖さがすこしだけまぎれた。
しばらく沈黙が続いたと思うと、ギィと重たい音をたててドアが開いて、ちいさな女の子が顔を出した。きっと笑っていたと思う。そう思うけど、今では思い出せない。クマちゃんが道をきこうとすると、その女の子は「きて」と言って中に戻ってしまった。
「いってみよう」
赤い屋根の家は大きかった。「ふふふっ」女の子は笑いながらどんどん進み、廊下のいちばん奥の、『子ども部屋』と書かれた部屋に入っていった。きっとへいき。ここに大人もいるんだ。そう信じて、ぼくたちも中に入った。
部屋の中には、何もなかった。壁は古いのかところどころ黒ずんでいる。
「コウくん……、これ……」
部屋の中央で立ち止まったクマちゃんは、床を指差して言った。ぼくも床を見る。
床には一面に文字が書かれていた。赤いクレヨンで。ーーーーおかあさんおとうさんごめんなさいここからだしてさみしいよだれかいっしょにいてーーーー
呆然と床を見つめるぼくたち。しばらくの間、疑問と恐怖と不安で動けなかった。そのとき、
「うわぁっ!やめてっ!」
クマちゃんの叫び声で、ぼくはわれに返った。
いつのまにかとなりにいた女の子が、クマちゃんの右手をつかんでいた。
「…………て。ここに…て。ずっといっしょに……ここにいてよ……!」
笑いながらそう言う女の子の目からは血が流れていて、恐怖で体が震えて動けない。
「助けて!コウくん!」
泣きながら左手を伸ばしてくる親友。「あなたも」と血に塗れた手を伸ばしてくる女の子。
ぼくは怖かった。親友のクマちゃんを失うのが怖かった。ーーーーでも、それ以上に、死ぬのが怖かった。
ぼくは逃げた。クマちゃんをおいて。ただただ必死に走って、走って、走って。
どうやって家に帰ったかわからない。でも、気づいたらぼくは家の前で倒れていた。
一週間後、あの家で、クマちゃんが見つかった。あの小さな古いクレヨンを握って死んでいたそうだ。遺体は子供部屋の床に張り付いていて、家も古かったから、剥がすことができなかったらしい。それ以降しばらく、【赤いクレヨンの家の呪い】が、学校中の噂となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「と、ぼくの怪談はこんなもんかなぁ。怖かった?」
「こわいこわい、怖すぎる!コウ、嘘がうまい!ホントの話みたいだ」
放課後、教室の隅で俺たちは怪談話をしていた。来週の修学旅行のためのネタ集めだ。今が盛りの高校生が恋バナじゃなく怪談というのも、変な話だけど。五時のチャイムが鳴る。いつの間にか夕方だった。
「もう帰るか。ぼく、職員室に鍵返してから帰る。じゃあね」
そう言うと、コウは行ってしまった。俺は一人寂しく帰る。
帰り道、コウが話してくれた怪談を忘れない様に頭の中で反芻しながら歩く。
「ふふふっ」
ふと、女の子の声がした。道の前には誰もいない。後ろに振り向くと、道の真ん中に、小さな赤いクレヨンが落ちていた。さっきまではなかったのに。
「誰かのイタズラか?」
俺はそのクレヨンをひろった。
顔を上げると、そこは知らない場所だった。