別れの季節
最近、冷たいと思っていた。
バレンタインデーで恋人たちが浮き足立っている頃だった。
そっけなさはスマホの画面に映る文字からもひしひしと伝わってきていた。
5日前に僕が送ったLINEへの返信は、?に対する答えとはねじ曲がったものだった。
「あのさ、別れたいんだけど」
分かっていた。少し前から分かっていた。いつか来ると分かっていた。
でも、いざ自分の身に降りかかるとスマホを持つ手の震えが止まらなかった。ご飯も無理矢理お茶で流し込んだ。
理由はなんとなく分かるが、本人の口から聞きたかった。
僕は家を飛び出し、肌を刺すような寒さの夜道を自転車で居酒屋に向かった。来たことはないが、道に迷うことはなかった。
彼女のバイトが終わるのを待った。星を数えるのにも疲れた頃、彼女は店から出てきた。
「お疲れ様。」
「ありがとう。」
精一杯だった。行き先を決めるとゆっくりとつま先を向け、二人、歩き出した。同じリズムを刻む足音は初めて会った時より揃っていた。
エンジン音、足音。
「あっ、オリオン座が見える。」
「私には見えない。」
あの日と全く同じ反応だった。
でも、あの日みたいに会話を続ける言葉が見当たらなかった。
無言が続いたまま、目的地に到着した。初めて二人で花火をした公園だ。「東町公園」と書かれた木の標識を超えると彼女のお母さんの話、友達とふざけ合った日の話、遊具にホームレスが住んでいる話、全てが早送りにしたラジオのように脳裏を流れた。
適当にベンチに腰掛けると木々を揺らす風の音だけが響いた。
「理由...よね?」
「うん」
心を見透かされていた気がした。よく考えたら彼女の本音を聞くのは初めてだった。
「少し前、2、3週間くらい前からさ。好きかどうか分からなくなって...
テストとかバイトで忙しくしてみて、ちょっと距離を置いてみたの。
そのあと、一回会ったら変わるかなって思ったけど、先週会った時、やっぱ好きって思えなかったんだよね。」
僕は相槌を打つしかなかった。
「私、地元に帰るんよ。秋には学校に来ることなくなるからそのタイミングでマンション引き払うの。来年の今頃にはここにおらんね。」
地元に帰るのは知っていたが、そんなに早く帰るとは思ってなかった。そういえば、僕が酔っ払った時に壊したドアは弁償しなくてはならないのかなんてどうでもいいことを考えていた。こんなことを考えてしまうのは僕の悪い癖だなとか冷静なフリを装っていた。僕はやっと重い口を開いた。
「俺はずっと好きだったよ。最初会った時から、変わらず、ずっと。」
聞きたいことは山ほどあった。でも、本当に伝えたい言葉だけが流れ出た。
「...」
「もう、今更変わらないよね」
「...うん」
「寒いから帰ろっか」
「...うん」
「ありがとね。今まで楽しかったよ。」
「こちらこそ。わざわざ来てくれてありがとう。」
「うん」
「送らなくていいから。先帰って。」
「分かった。また...いや、じゃあね。」
彼女の顔は見れなかった。目は合っていたのに何故か表情が分からなかった。きっと涙を見られたくなかったから、強がって先に帰らせたのだろう。そんな彼女が好きだった。真面目な話をしようとすると冗談を言って誤魔化す彼女が好きだった。動物を愛する彼女が好きだった。家事を手伝おうとすると今日は頑張ってくれたからいいよと気使いが出来る彼女が好きだった。嫌いなところなんてひとつもなかった。僕たちは最後まで素直になれなかった。彼女は最後まで僕の名前を呼ばなかった。