8.追放者のみなさん、ようこそ
「誰も、こないですね」
「そうね。困ったわ」
むむむ、とわたしはうなった。
リュミエール王国、王都ヘリオス。
その傍らにある建物のなかに、わたしたちはいる。
『ようこそ、追放者のみなさん』
と書かれた横断幕の下に、横長の机に椅子がふたつ。
わたしと、リットくんが腰掛けていた。
「横断幕がいけないのかな?」
「そんなことはないとおもいますけど・・・・・・」
この横断幕はわたしの手書きだ。
そんなに下手な字じゃないとは思うんだけど、自信があるかと聞かれればちょっと困る。
『み』のところとか、二度書きしちゃったし。
これまで苦労してきたらしいリットくんには、しばらくゆっくりして欲しかったのだけれど。
わたしが追放者のみなさんのために施設をつくるって聞きつけるや、お手伝いがしたいだなんていってくれた。
わたしにマルカとシエラ。それからリットくんを加えた四人。
お父さまが用意してくれたこの建物に追放者さんたちをお招きして、相談に乗ってあげたり、お仕事をお世話してあげたり、お食事やお宿を手配してあげたり。
できたらいいなって思っていたのだけれど、いまだに追放者さんはただのひとりも来てくれない。
「姫さま、こんにちは。あの、これお花です。どこかに飾ってもらえたら・・・・・・」
「ありがとう、お花屋さん。こちらにいただくわ」
誰も来てくれない、ってわけじゃないのだ。
ヘリオスの街のみんなが入れ替わり立ち替わりやってきてくれるから、むしろ結構賑やかではある。
いまみたいにお花屋さんがお花をくれたり。
それから大工さんがやってきて、ちょっとした修繕をしてくれたり。
雑貨屋さんが棚を差し入れてくれたりもした。
おかげで、殺風景ですこしぼろっちかった建物の中は、いまではすっかり華やかだ。
ぴかぴかってわけにはいかないけれど。
これで、肝心の追放者さんがどんどこきてくれたらうれしいんだけどなあ。
そんなふうに思っていると・・・・・・・
「姫さま、リットさん。少し休憩しましょう」
シエラがそう声をかけてくれた。
まだ、ぜんぜん疲れてはいないんだけど。
でも、気分をかえるにはいいかもしれない。
わたしはこくりと頷いた。
□■□
シエラが用意してくれた席につくと、マルカが紅茶を注いでくれる。
「おいしい、ありがとうマルカ」
「恐縮です」
「姫さま、今日はこちらもございますよ」
シエラが持ってきたお皿には焼き菓子がみっつ。
今日はひとつきに一度、待望のお菓子の日でもある。
久しぶりの甘いお菓子をわたしはひとつだけとって口に運ぶ。
あ、ンまぁぁーいっ
という言葉が口から出そうになるのをなんとか飲み込んで、わたしはおすまし顔で口をふいた。
あとのふたつは、ゆっくりたべることにしよう。
「それで、追放者さんはどうしたら来てくれるかな」
「もう少し、大々的に宣伝してみるのはいかがでしょう。馬車つき場や食堂などにチラシを蒔くとか」
「それはいいかもしれなおわね。お父さまからいただいた予算、まだあまっているのだし」
ひょい、とお菓子をもうひとつ。
やっぱりおいしい。
「僕からも、いいですか?」
「リットくん、どうぞ」
「僕もだったんですけど、追放された人っていろんなことが信じられなくなっているんです。だからいきなり相談してみようかなって思わないんじゃないかな」
「なるほど」
そんなものかもしれないな、とおもいつ、わたしはまたもお菓子に手を伸ばす。
やっぱりいろいろ考えると、甘い物がほしくなっちゃうな。
「だから、まずはアンネローゼさまのことを知ってもらうことが大事なんじゃないかなってそう思うんです。そうしたら、みんな相談したりお仕事を紹介してもらいたいなって思うかなって」
うんうん、マルカもシエラも頷いている。
ひょいぱく、とわたしはお菓子を口にした。
「わたしのことなんて知られても、そんなことにはならないような気がするんだけど・・・・・・」
むしろ、わたしが受付なんてやっているからいけないんじゃないだろうかって、思いはじめていたところだ。
マルカみたいなしっかりした人は受付にいたほうが、相談する方もしやすいんじゃないかな。
ひょいぱく。
「「「そんなことないですよ」」」
三人の言葉がかぶってきこえた。
みんながそういうなら、もう少しがんばってみちゃおうかな。
ひょいぱく。
ほんとうにおいしいな、このお菓子。
でも、ちょっとへんじゃなかったかしら。
なんだか、いつまでたってもぜんぜん減っていかないような・・・・・・
「マルカさん、自分のお菓子を、姫さまのお皿に追加投入しないでください」
「なっ・・・・・・よいではないか。あなたも見たいだろう? アンネローゼさまのうれしそうな顔であれば、いくらでも」
「そりゃそうですけどね。私、ユイリィさまからいいつけられているんですよ。くれぐれも姫さまのおやつ量、守らせるようにって」
ひょいぱくひょいぱく
「こら、姫さまも急いで残りをかたづけないように」
「おいひ、ごほっむぐむぐ」
「ほら、はしたないことになるんですから」
わたしはシエラの手渡してくれた紅茶で、口の中のお菓子を流し込んだ。
ひとつきに一度のお菓子もここまでね。むう。
と、
ばたん。
入り口のドアが、勢いよく開かれた。
見覚えのない、長身で筋肉質の男の人がそこに立っていた。
追放者さんだろうか。
「いらっしゃいませ、なにかご用・・・・・・」
いい終える前に、その人はずんずんとわたしの方へと歩いてくる。
「あんたか? 追放者をあつめてなにかたくらんでいるって奴は」
彼はそういうと、わたしへと手を伸ばした。