52.さようなら、ルイ将軍
「いいのかよ、逃がしちまって」
ルイの背中が森に溶け、すっかり見えなくなってから、ヴォルフがクルトにむかっていう。
「いいんだ。もう勝利は揺るぎない。なにごともやり過ぎは良くないっていうだろ? なによりこれだけ叩いておけば、帝国もしばらくは攻めてこようと思わんだろう」
マルカにリット。
ルイと直接因縁があるふたりを見て、クルトは続ける。
「ルイ将軍個人に関してだが……」
「僕たちのことなら、気にしないでください」
「ええ。あんな男、気にするだけ身に毒ですから。なにより彼を吊したところで、アンネローゼ様が喜んでくれるはずもない」
うんうん、と頷くリットとマルカ。
「まあ、なにしろ相手は帝国だ。正式な任務を果たすことが出来ず、非合法の手段にまで失敗したルイ将軍……」
そんなふたりに、クルトはルイの失策を指折り数える。
「たくさんの帝国兵に、帝国最強の二枚看板まで失って、今後の彼がどういう扱いをうけるか。いやはや、考えたくはないものだね」
ルイが帝国に逃げ帰り、今回のことを報告する。
その彼を、お疲れ様とねぎらってすませてくれるほど、帝国は甘い国ではないはずだ。
容赦はなく、慈悲もない。
そう言い習わされる、帝国の軍事法廷。
その最高刑は『追放』ではない。
『死刑』だ。
今回の失策は、あるいはそれに匹敵する罪のはずだ。
クルトはそこまで口に出す野暮はせず、ただにやりと笑ってみせた。
「しっかし、あんた、ほんとにすげえ将軍だったんだなあ」
「違うな。ほんとうにすごいってのは、クビになったり、故国を追放になんてならない将軍のことをいうんだ。そういう意味では、私は君たちとそうはかわらない。それよりも、」
クルトは3人の顔を見る。
「まさか、3人とも。いいや、違うな。『追放者』全員がここまで活躍してくれるとは。いや、やってくれるとは思っていたのだよ。しかしみんながみんな、それを軽く越えてきた」
完全勝利、というのはこういうことをいうのだ。
とクルトはいった。
「そういう見込み違いをする私だ。やっぱり、たいした将軍ではないんだよ」
「それは、なあ」
「そうですね、それは」
「ええ、それに関しては」
3者は顔を見合わせる。
「「「『アンネローゼさま』『姫さん』『アンネローゼ様』のためですから」」」
「なるほど」
クルトはそういうと、天をあおいでひとりごちる。
「私とて、飲んだくれて余生を過ごすつもりだったからなあ。しかし、こういうのも存外悪くない。なにしろ、はじめて人に勝利を捧げたいと思ったのだから」
ぽんぽんと、クルトの肩が叩かれた。
「なあ、あんたがすげえのは充分わかったけどさ」
「なんだね?」
ヴォルフは胸を叩いていう。
「姫さんはそう簡単にわたさねえぞ。そこんとこだけは、ちゃんと覚えておいておくれよ」
その首筋に、鋭く短刀が突きつけられた。
「おい、いつからアンネローゼさまはおまえのものになったんだ? おまえこそ調子にのるんじゃない」
マルカはそういうと、ヴォルフをどんと突き飛ばす。
その腕をリットがとる。
そのまま、ヴォルフの腕をぎゅっと握りしめ、リットはぶんぶんとクビを横に振る。
彼にしては珍しく、精一杯ヴォルフの言葉を否定しているみたいだ。
クルトはそれを見ながら、心底愉しそうに大声で笑った。




