51.ざまあ完了
「ハァハァ、ハアハア」
息も絶え絶えといったふうに、
ルイは森の中を彷徨うように走っていた。
つかず離れず。
ルイの少し先をゆらゆらと走っていたリット。
その姿が、ふ、とかき消える。
消えたのは、リットだけでは無かった。
気がつけば、ルイの周りにいたはずの彼の旗下。
帝国軍の兵士たちは、誰ひとりいなくなっていた。
「役立たずどもめ。帰ったらどうなるか、覚えておけ!!」
毒づきながら、ルイはあたりを見回した。
彼がたどり着いたその場所は、あたりと雰囲気が違っている。
そこだけ木々を刈り取ったようにぽっかりと、唐突に開けた広場のような場所だった。
広場の中央には、一本だけ、巨木が太すぎる幹を誇っている。
その傍らに、人影があった。
「あのガキ……いや、違う? のか!?」
人影はルイに向かって、深々とお辞儀をしてみせた。
「これはこれはルイ将軍。どうしたのですか? お一人でこんなところに」
「なんだ貴様は……いやその顔、どこかで……」
いつのまにか、人影は三つに増えていた。
「自己紹介の前に、まずはわが国が誇る勇士たちをご紹介いたしましょう」
三つのうちふたつが、ルイに向かって歩いてくる。
「一人目は、ユーゼフ上級軍士をみごと討ち取られた、マルカどの」
しゅる、と音がして、マルカの手の内に、短刀が煌めいた。
「そして、ゴッヅ上級軍士に打ち勝った、ヴォルフどの」
ヴォルフが拳を打ち鳴らし、指を鳴らす。
「最後に、リュミエールが獣の主。ビーストテイマー、リットどの」
指し示された先は背後。
ルイがばっと振り向くと、いつのまにか広場の入り口をふさぐよう、騎乗したリットがそこにいた。
囲まれた?
ルイは握った剣に力を込める。
血路を開く? まさか!!
四対一。加えて前の2人が、帝国の二枚看板を倒したというのがほんとうなら、ルイに勝ち目などあるはずがない。
「そして、私がクルトという」
クルト?
誰だそれは、といいかけて、ルイの頭にひとりの将軍が思い浮かぶ。
大陸の南に名高いシタニア教国。
その、大将軍の名は……
「まさか、毒蛇のクルト、なのか?」
直接会ったのははじめてだが、ルイはもちろんその男のことを知っている。
不敗の将軍。
帝国の祟り神。
彼をあらわすふたつ名が、あとからあとから思い浮かんだ。
「お見知りおきいただいていましたか。これは光栄の至り。なにしろリュミエールの皆様方はそういうことに疎くてね。やっと名乗り甲斐のある相手は貴重でして」
「貴様のような男が、なぜこんなところに?」
「それについては語るも涙。聞くも涙。ま、要するに教国大将軍はクビになりましてね」
ルイも識っている話ではある。
他ならぬルイ自身が、クルトの教国追放の謀略に加わっていたのだから。
「しかし将軍にはひとつだけ識り置いていただければよろしいでしょう。今の私の肩書きは『リュミエール軍臨時総帥(仮)補佐』つまりは……」
「この国の守護天使である、と?」
「さすが。話がはやくて助かります」
「貴様ほどの男が、なぜ?」
クルトは軽く嗤っただけで、その問いには答えなかった。
ルイは乾ききった口の中で、わずかに湧き出した唾をからからの喉に流し込んだ。
そうか、相手があの『毒蛇のクルト』なら、この結果も……
「私を、殺すのか?」
ルイには、そう絞り出すのが精一杯だった。
「いえ、将軍にはリュミエールから帝国への、使者になっていただく。今後、この国に攻め入ればどういうことになるか。ぜひお国でお伝えいただきたいのです」
「私を、メッセンジャーボーイにするというのか……」
「はい。将軍にはその程度の役割が相応しいでしょう。それともなにか、ご不満が?」
ルイは握っていた剣をその場に取り落とす。
彼にはもう、何一つ言い返すことはできなかった。
三方から、マルカにヴォルフ、リットの視線が突き刺さっている。
「ひぃっ」
ルイはそれらをやり過ごそうと背中を丸め、とぼとぼとクルトの脇を抜けると、
それから逃げるように小走りで、惨めに走り去っていった。




