50.エリィのたたかい
「ははははは、」
森のなかで、ルイは笑っていた。
猪やもりのどうぶつたちの攻撃を、なんとか逃れたその直後だ。
「どうしたのです?」
旗下のひとりが、彼に聞いた。
こいつ、おかしくなったか?
そんな顔を隠し切れていないのは、誰も彼もが疲れ切っているからだろう。
「リュミエールも甘いことよ。いまここで我らに追撃をかけたなら、たやすく殲滅できるものを」
「はあ、そうですか」
「すくなくとも、私ならそうする。ふふ、所詮は畜生どもに頼ることしかできない弱小国家だ、そうだろう?」
「そういわれれば、そうかもしれません」
旗下は頷いた。
半分以上はルイの強がりのようなものだと気づいていたが、自分たちの将軍が弱気でいいことなどなにもない。
強がりをいえるだけ、ルイはましな将軍なのかもしれなかった。
「そうだ。はじめからビーストテイマーなど帝国には不要だったのだ。この上はさっさと本国へ帰還し、そのことをきちんと報告せねばな」
ルイはしょうきにもどった顔で、にやにやと嗤う。
「そのうえで、リュミエールなど大軍をもって滅ぼしてしまうのがいい。そうだ、そうすべきだ。みていろリュミエール!! 我らに反撃の機会をあたえたこと、必ず後悔させてやる!!!」
「なるほど……」
そのとき、
納得しかけた旗下の目が急にぐるりと白目をむく。
「うん?」
そのまま彼は、ばたりとたおれた。
「敵襲!!」
あたりに声が響き渡る。
「なんだ、どういうんだ?」
あたりを見回しても、ルイには混乱する帝国軍の姿しかみることができなかった。
その味方が、ひとり、またひとりと減っていく。
ルイがとっさに自分の剣を引き抜けたのは運が良かった。
ガギン
鈍い音がして、彼に斬りかかってきたなにものかの剣を、彼のそれが偶然にも受け止める。
「こいつら、獣? いや、人間…・・か!?」
ルイに斬りかかってきた対手は、奇妙な格好をしていた。
よくみれば、軽鎧のうえにさらに上着をきこんでいる。
上着はオリーブ色を地に、黒、茶色、黄色に細かく塗られていて、その柄が森のなかへと溶け込んでいくかのようだ。
本来肌が露出しているはずの顔や手、そのほか様々な部分も、同じような色で塗られ、化粧されていた。
迷彩。
ルイにはそのような知識はない。
ただ何か、恐ろしい見えないものが自分を襲い、そして一瞬で離脱していったのを理解しただけだった。
だから、彼には知るよしもない。
その化粧を施したのが、かつて自分が陥れ処刑した、
どこかの国の王女。
その化粧師の手によるものだったなんて。
□■□
なにかに追い立てられるように、ルイは自分では選べない分かれ道を強引に進まされていった。
敵の襲撃は止むことがなかった。
ルイにやったのと同じく、唐突にあらわれては一撃し、迷彩を活かして森のなかへと離脱していく。
分かれ道をひとつ選ばされるたびに、数名の部下はひとり、またひとりと数を減らされていった。
あと何人ついてきているのか。
ルイにはそれを確かめるため、振り返る勇気すら残っていない。
ただひたすら前へ。
進んでいるうちは、余計なことを考えなくてすむ。
ガサガサ
彼の前方で、草をかきわける音がする。
流石に、ルイも止まらざるをえなかった。
「な……!!」
やっとのことで顔を上げ、ルイは思わず息を呑んだ。
馬にまたがり、彼の前に姿をあらわしたのは、ルイが目的としていたひとりの少年。
リットだった。
リットはルイをちらともみず、何事もなかったように馬首を帰すと、ゆっくりと森の奥へと進んでいく。
「待て、このガキ、待てぇぇぇぇぇ」
ルイは剣を振り回しながら、最後の力を振り絞ってリットを追った。
誘い込まれている。
そんな思考さえ、もう彼には残っていなかった。




