5.追放者さん
「おいしい」
「そう、それはよかった」
ゆっくりたべていってね。
と、いったけれど、男の子は顔をあげずに煮物を口に運ぶばかりだった。
さっきちらりと見えていた『追放紋』
あれを隠すようにだろうか。
左手が、今は机の下だ。
「おなまえ、なんていうの?」
わたしが聞くと、男の子はぴくっと震えて手を止める。
「わたしは、アンネローゼ。こちらはマルカと、それからシエラよ」
わたしといっしょに、近くで見守っていたマルカが男の子に会釈した。
お城でのお務めをひと段落させ、お手伝いに来てくれたシエラといっしょに。
「リット、です」
「リットくんね。いいおなまえね」
「さあ、リットさま、こちらもどうぞ」
シエラがお茶を運んでくる。
なにかが載せられた、小皿といっしょに
う゛、あれってば、わたしが隠しておいたお菓子じゃない。
わたしがちらりと目をやると、シエラはにんまり笑って見せた。
どうやら、ずっとバレていたみたい。
「わあ」
とリットくんの顔がほころんでいるのをみたら、わたしにはもうなにもいうことはなかった。
「あなた、おひとりなの? お父さまやお母さまは、ごいっしょではないのかな?」
リットくんは、そうです、と頷いてそれからぽつぽつと話をしてくれた。
リュミエール王国の西に名高い超大国、ゴルドー帝国。
そこの出身だというリットくん。
帝国で、代々『ビーストテイマー』を務めるおうちで生まれ育ったそうである。
「おととしのことでした。帝国には『ビーストテイマー』など、もう必要ないって、そういわれて・・・・・・」
当主であるリットくんのお父さまは死刑に。
その妻であるお母さまと、息子であるリットくんは、追放刑に。
それぞれが処されることになったのだという。
「そのあと、あちこちの国をさまよったんですけど、かあさんはこのまえ・・・・・・・」
リットくんはそこで、口を濁した。
「その、いいにくいかもしれないけれど、あのひとたちのいっていた追放者って?」
リットくんは答えてくれず、左手首を押さえるようにした。
「国を追放されたひと達は、『追放者』として、他の国でも忌み嫌われてしまうんです」
「え、どうして?」
聞き返したわたしに、シエラがいう。
「たてまえはいろいろあるんでしょうけれど・・・・・・」
シエラはちらりとリットくんを見て、それからいいにくそうに続けた。
「自分達がいらないって追放したひと達が、もしほかの国で必要とされて活躍されたら、くやしいからでしょうか」
「そんなのって・・・・・・」
「だから、追放者は差別するべきだって。そう、どこの国でもしているみたいです」
リットくんは、またも下を向いてうつむいてしまった。
「『追放紋』を刻んでまで、追放者をわかりやすく差別している国は、帝国のほかにはあとひとつの国くらいですけど・・・・・・・この大陸ではほとんどの国が似たようなものですね」
「・・・・・・酷い」
わたしがいうのに、シエラはにっこり笑ってリットくんのほうを向いた。
「ま、このリュミエール王国では、そういうことあまりないんですけれど」
そうして、彼女はリットくんとわたし、双方にむかっていう。
「ほら、うちの国ってば、ほとんど辺境みたいなもんじゃないですか」
肯定。わたしは頷く。
「だからですね。追放者が最後に流れ着くところが、リュミエール王国だってこと、結構多いんですよね」
そう、リットさまみたいにね。
いわれて、リットくんが、上目遣いでシエラを見あげた。
「だから、他の国に比べれば、『追放者』アレルギーも少ないって、それだけのことではありますが」
むむむ、と私は思った。
「問題は、流れ着いてきた『追放者」の側にもあって・・・・・・」
その、今のリットさまみたいに。
シエラはいいながら、リットくんの頭を軽くなでた。
「まあ、ムリもないんですけれどね。故郷を追放されて、たどりついた先でもいらないこ扱いされて。そんなことをされて、それですっかりまいってしまう『追放者』って多いんです。うちに流れてきたときには、ほとんど廃人みたいになってしまって、」
そのままなにもできず、やらずに、逝ってしまうひとが少なくないんです。
説明を終えたシエラに、わたしはむむむむむとうめきをあげる。
同時に、前世のことを思い出していた。
前世で、わたしが追放してしまったのは、奇しくもビーストテイマーだった。
あのひとも、そんな苦労を味わったのだろうか。
だとしたら、のうのうと帰ってきて欲しいだなんて手紙を送りつけたわたしに、
『ざまあ』って感情を抱いたとしても、それはしかたのないことだ。
そうして、それに気づくことができた今のわたしなら・・・・・・・
「これは、わたしがなんとかしないといけないことだわ」
わたしはわたしにいいきかせるように、そう口にして前を向いた。