49.リットのたたかい
「なぜだ、なぜこんなことになったのだ!!」
あたりには数名の帝国兵がいる。
けれども、ルイの言葉に答える者は誰もいなかった。
数名。
そう、数名だ。
ルイ率いる帝国軍が、この森に『転進』した時には、少なくとも百人からの兵が周りを固めていたはずだ。
目の前には何度目かの分かれ道。
もう、彼にはどちらにいったらいいのか、わからない。
それを示してくれる幕僚さえ、もう近くにはいなかった。
冒険者出身にもかかわらず、ルイは戦が好きではなかった。
ないからこそ、彼は準備を怠らない。
弱小国家、リュミエール。
帝国の力をもってすれば、リュミエールを下すことなどたやすいこと。
ルイを含め、帝国の誰もがそういい、また思っていた。
戦争と呼べるものさえ起こらないだろう。
それが大方の予想だった。
それでも、下調べを怠らないのがルイという男だ。
ルイのその用心深さが、彼を一介の冒険者から、帝国将軍へと押し上げたのだから。
自分たちが布陣する、その横にあるただの森。
そのことですら、ルイは調査を怠らなかった。
地図を入手し、生育している生き物を調べ、安全であることは確認済みだ。
そのはずだったのに・・・・・・
□■□
森へと転進したことで、帝国軍は、いつのまにかリュミエール軍を振り切きっていた。
そのことを確認したルイたちは、やっとのことでつけた一息を、ただかみしめている。
ここにいたって、ルイにはまだ充分に勝算があった。
帝国軍のほとんどは、討たれ殺されたわけではない。
おそれおののき、逃げ散っているだけだ。
体制を立て直し、兵をふたたび統率することさえできたなら。
相手は弱兵のリュミエールごとき、だ。
そんな相手など、どうとでもしてくれる!!
カサカサ
心のなかでいきり立つルイの頭上を、なにかが通りすぎる音がした。
「なんだ。リスか」
木の枝の上。
愛らしい目でルイをみつめる小動物がいた。
リスは帝国でも知られた存在だ。
ここと同じような、森のなかだけでなく、大きな公園などでも見ることが出来る。
普段は臆病だが、慣れれば人なつっこく、ペットとして可愛がるものもいると聞く。
もっとも、こういうものを可愛いと思い、飼いたいと思う感情などは、ルイには無縁のものだったが。
ルイはたちまち興味をなくし、部下たちへ指示を出そうと考えを巡らせようとする。
が、
「ぎゃぁぁぁぁ」
直後。
悲鳴が、森のなかに響き渡った。
「リスが、リスがぁぁぁ」
ルイの旗下がひとり、目を押さえて苦しみ叫ぶ。
「リスだと、馬鹿な!!」
旗下の指の間から、たらりと赤い血が流れ出す。
リスに顔を思い切りひっかかれたのだ。
その時に、運悪く目をやられたらしい。
「なんだ、うわぁぁぁぁ」
「イタチだ、え、鹿!?」
「こいつら、速いっ」
それを皮切りに、あたりの兵たちからいくつもの声があがる。
帝国兵を襲っているのは、いまのリスばかりではなかった。
イタチに鹿、狸に狐。
他にも、さまざまな『もりのどうぶつ』たちである。
普段は積極的に人と関わろうとしないもりのどうぶつたちが、鋭い一撃を食らわせては、さっと森の奥へと消えていく。
ルイも顔面めがけてとんできたフクロウの爪をなんとかかわし、尻餅をつくことしかできなかった。
「まさか……そうか、ビーストテイマーか。あのガキィィィィィィ」
あたりに悲鳴と混乱が満ちていくなか、ルイはそのことに思い至る。
今回の事態のきっかけとなった、ビーストテイマー。
ルイ自身が捕らえ、処刑した男の一粒種。
父親の力を受け継いだという、リットという少年ならば、こういうことだって、できるかもしれない。
「おちつけ。おちつくんだ!!」
ルイには珍しく、焦りをはらんだその指示が、旗下たちに届くことはなかった。
『転身』という名の敗走のさなかに、このような奇襲を受けては、ムリのないことかもしれない。
「ブ、ブモ、ブモォウ」
なおも指示を続けようとしたルイの耳に、低い鳴き声が聞こえてくる。
ガリツ、ガリッッ
目を向けた先で、黒く大きなかたまりが、足元の土を掘り削っている。
「い、猪、か!?」
危険な猛獣のいない森のなか、唯一といってもいい凶暴な禽獣。
それが、ルイの方を見て猛っていた。
「く、クソッ!!」
ルイは混乱する部下をかき分けると、いちもくさんに逃げ出すことしかできなかった。




