48.クルトのたたかい(下)
「ふん、少しはやるようだな」
ルイはあげていた手を降ろすと、旗下たちに待機を命じる。
いきり立っていた兵たちが落ち着くのにしばらくかかって、それがルイをより苛つかせた。
「二枚看板とラカン。彼らが柔らかな横合いをつくのを待てばいい。その時こそ蹂躙の時である」
怒りを抑え、笑みをつくってみせたルイの耳に、どこからかざわめく声が響いてきた。
「何か!?」
森を背にして布陣している帝国軍。
よもやと森を振り返ったが、ざわめきはそちらの方から聞こえてきたものではなかった。
ざわめきは徐々に広がっていった。
いつのまにか、そこに武器がぶつかりあう、鈍い音まで加わっている。
「敵です。横合い。側道から!!」
「側道だと!! 馬鹿な!!」
そっちは、帝国最強が向かった先だ。
仮に、多少の伏兵がいたところで、あのふたりにとってはものの数ではないはずだ。
ふたりをともに倒すなら、1000ではとても足りないだろう。
「ならば、私が敵の数を見誤っていたとでもいうのか? まさかな」
ルイが知る、リュミエール軍。
その規模からいっても、今帝国軍と向き合っているあやつら。
目の前で帝国の弓を防ぎきって見せた軍勢だ。
それがほとんどすべてのはずだ。
ほんとうのところ、ルイは間違ってはいなかった。
けれども、『帝国最強』。
彼らを上回る、個の強さをもつ相手がリュミエールにいる。
それも、ふたりも同時に!!
その『正解』には、さいごまでたどりつくことはできなかった。
「敵はユーゼフ上級軍士とゴッヅ上級軍士を斃してのけたと触れ回りながら、暴れ回っています」
「我が方も混乱が・・・・・・敵は少数とも、大軍とも!!」
「落ち着け。大軍なわけはないだろう。だが少数とも思えん。それなりに数はいるはずだ」
ルイはそう叫ぶようにいったが、それだけでは兵たちの混乱はおさまる気配がない。
「ええい、こうなれば私が出向き、直接指揮をとって・・・・・・」
彼がいいかけたそのとき、前方より喊声が響き渡った。
□■□
「今!!」
クルトのかけ声で、リュミエール軍は突撃を開始した。
――思ったよりも、鍛えられているか?――
さすがに一糸乱れぬ、とはいかないが、きちんと戦列は保たれている。
実戦経験がないながら、きちんと訓練してきた結果だろうか。
――それにしても、完勝とはな――
クルトは、側道に送ったマルカとヴォルフのことを思った。
帝国の二枚看板。ユーゼフとゴッヅのことを、クルトは良く識っている。
帝国最強の名に恥じない、やっかいな相手だった。
勝てる。
信じて送り出したマルカとヴォルフ。
それでもこんなに早く、十全な状態で現れてくれるとは思わなかった。
――私もまだまだ読みが甘いな――
あるいは、リュミエールが想像を超えてくるのか。
クルトの指示通り、リュミエールの兵たちは、突撃しつつ盾や剣を打ち鳴らし、大きな音を立てはじめた。
徐々に近づいてみえる帝国軍の前衛が、おどろき、とまどっているのがはっきりと見て取れた。
――こちらは読み通り。毎度ながらに面白みに欠ける相手だ――
リュミエール軍と帝国軍。
両者はまだ、ぶつかり合ってもいないのに、
帝国の陣形がぽろぽろと崩れていのがわかる。
――どうやら、久々にいい酒が呑めそうだ――
クルトは、一緒に呑む約束を交わした、上司の顔を思い浮かべた。
姫君。
――思えば、彼女ほど読みにくい相手に出会ったことはなかったな――
クルトは笑いつ、引き抜いた剣を強く握った。




