47.クルトのたたかい(上)
「なあ、あんた偉い将軍さんなんだって?」
リュミエールの兵士がひとり、クルトに向かってそう聞いた。
「ああ。将軍は『元』だがね」
「そうかね。そいじゃ聞くが、大丈夫なのかね、この盾」
兵士は、持っている大盾を示す。
他でもない、クルトが命じて配った盾だ。
「いつもの盾よりずいぶんと軽い。それに貼ってある鉄も、薄く見えるんだが・・・・・・」
「大丈夫だ。それはとてもいい物だよ。この元教国大将軍にして、リュミエール軍臨時総帥(仮)補佐のクルトが請け負おう」
「そうかい。それならええんだが」
クルトの言葉にも、兵士はどこか不安そうだ。
かたかた、と、その盾を持つ彼の手が震えているのにクルトは気づいた。
兵士は盾に不満があるのではない。
たぶん、なにもかもが不安でたまらないのだろう。
ムリもない、とクルトは思う。
兵士、という職にあっても、彼は実戦なんて、ほとんど経験したことがないだろうから。
彼だけじゃない。
リュミエール軍のほとんどがそうなのだ。
ましてや相手はあの帝国軍。
歴戦の勇士でも、裸足で逃げ出す相手である。
――だが、乗り超えてもらわねばな――
クルトはまた、そうも思う。
ことここにいたっては、立ち向かうしかないのだから。
「おいおい、しゃんとしろよ」
クルトがなにか気の利いたことでもいおうとしたその時、横合いから声がかかった。
最初に声をかけてきた兵士と、同じような年頃の別の兵士だ。
「そうはいうがよぅ」
別の兵士は、盾を持つのと別の手で、ばんばんと肩を叩く。
「忘れたのかよ。俺たちの後ろに誰がいるかを」
「姫様・・・・・・!!」
「そうだよ、アンネローゼ様だ。俺たちがやらなきゃ、誰がアンネローゼ様をお守りするっていうんだ!!」
はっとした顔をして、最初の兵士が盾を構え直した。
「そうだったな。あのおやさしい姫様が、悲しむようなことがあっちゃなんねえ」
いつの間にか、彼の手から震えが消えてなくなっている。
クルトは内心ほっとしつつ、鋭い目で空を見上げた。
黒い点。そして線。
それらがひとつ、またひとつと数を増し、
気づいた時には空一面を埋め尽くしている。
「来るぞ、構え!!」
クルトの鋭い声が、リュミエール軍中に響き渡った。
□■□
「ふん、他愛もないですねえ」
帝国将軍、ルイは彼の命で放たれた矢の数々が、雨となって前方のリュミエール軍に降り注ぐのをつまらなそうに見ていた。
「それでは、終わらせますか」
リュミエール軍を隠し包む、土煙がおさまるのを待たずに、彼は右手を高く掲げる。
それを振り下ろした時が、突撃の合図だ。
大量の矢で防御を崩し、突撃して粉砕する。
基本に忠実なやりかたは、ルイの好みではなかったが、手っ取り早く棲ませるにはそれでいい。
どのみち、リュミエールに長居をするつもりなんてないのだから。
リュミエール軍などさっさとかたづけて、後片付けはラカンあたりに任せて自分はすぐに国に帰る。
ルイの頭の中には、帰った後のことばかりが浮かんでいた。
――そろそろ、大将軍を目指す時機ですかねえ――
一介の冒険者に過ぎなかった自分が、最強の帝国軍で最高の地位を得る。
それはとても魅力的で、ルイの好みでもあった。
――それとも、リュミエールを手土産に、政治家に転身するのもいいでしょうか――
そもそも、ルイは戦が好きでも得意でもない。
もちろん、並みの将軍としての実力くらいは持ち合わせてはいる。
いるのだが、悪巧み・・・・・・政治的な駆け引きこそ、彼の本領といったところだ。
――帝国宰相。これもなかなかに魅力的な響きですね――
あれこれと考えているうち、リュミエール軍を包んでいた土煙が晴れようとしていた。
「それでは、みなさん、いきますよ」
彼は右手を振り下ろそうとし・・・・・・
「報告!!リュミエール軍健在!!!」
叫ぶような声が、あたりに響く。
とっさに、ルイは振り下ろしかけた手を押しとどめた。
「なんです?」
「それが、リュミエールの損害は軽微で・・・・・・」
「ですから、もっと具体的に!!」
ルイは苛立たしげにいう。
「はい。我が軍の矢は敵の盾を貫けず・・・・・・」
「もういい!!」
物見の報告を聞くまでもなかった。
その時には土煙もすっかり晴れている。
多少の乱れはあるものの、その陣容は開戦前とほとんどかわることはない。
鈍色に光る盾を掲げ、帝国軍の矢を完全に防ぎきったリュミエール軍の姿が、ルイの眼前に広がっていた。




