46.お食事当番
「ひ、姫君? う、ぐふっ、ごほ」
手渡したパンをあっというまに口に詰め込み、スープで流し込もうとしたところで、クルトはわたしに気づいたみたいだ。
彼にしては動揺したふうをみせ、盛大に咳き込んだあと、どうやらパンを喉に詰まらせたみたい。
「だ、大丈夫?」
あわてて身体をのりだして、クルトの背中を必死でさする。
そうしているうち、なんとかパンを胃の中に流し込むことに成功したらしく、クルトはぜいぜいと荒い息をしながら立ち上がった。
「まさか、このようなところで人生最大の危機を迎えるとは思わなかった・・・・・・」
危ない危ない。
そんなことになっていたら、今この場でリュミエールとわたしの命運もつきていたところだったかも。
「なるほど、兵たちがやたらやる気になっていたと思ったら、こういうことでしたか」
街の外に布陣した、リュミエ-ルの兵隊さんたち。
みなさんの食事、その配食場所に、わたし達はいる。
「それにしても姫君。たしか私は城に残っておとなしくしていてくださいと、お願いしたはずですが?」
「それなんだけど」
わたしは割烹着のひもを締めなおしながらいう。
「やっぱり、大将がうしろのほうでぽけーっとしているのって、よくないと思うの」
「それで、給仕のまねごとを?」
「ええ。だってこれくらいしか、できることなんてないんだもの」
炊き出しのおかげで、こういうことには慣れている。
クルトは困ったような呆れたような、つまりはいつもの貌をした。
口調こそ、すっかり丁寧になってしまった彼だけど、こういうところはまえとちっともかわらない。
「わたしのことは心配しなくても大丈夫よ。だって、勝つんでしょ?」
「無論。しかし危険でないといった覚えはありませんが」
「アンネローゼさま、ですから申し上げたでしょう? 危のうございますって」
横からシエラが口を出す。
なんだかんだでつきあってくれているメイドさんは、わたしの手を引くようにして続けた。
「ささ、はやく王宮へ戻りましょう。クルトさんだって困っているみたいじゃないですか」
「まあ、みてのとおり士気向上には役立っているのですがね」
ほらみなさい、とわたしはシエラに胸をはる。
すくなくともそこらへんの石ころよりは役に立てているんだから。
「しかし、私としては、王宮にいていただくほうが、安心ではあるのですよ」
「そういうことなら・・・・・・」
わたしがいいかけたそのとき
「伝令! リュミエール軍臨時総帥(仮)補佐閣下に伝令!!」
ひとりの兵士が、配食場所へと駆け込んでくる。
彼はクルトを見、それからその後ろにいるわたしをみて息を呑んだ。
「こ、これは失礼いたしました」
「いい。このかたは石ころかなにかだと思ってくれ」
「石ころです。こんにちは」
石ころに格下げされて、悲しんでいる暇はない。
わたしは割烹着のまま、そこにあった椅子にちょこんと座った。
「そ、そうですか。それでは続けます」
彼はわたしに軽くあたまをさげてから、クルトへと向き直った。
「帝国軍に動きがあります。おそらく、攻め込んでくるまで刻がないかと」
「そうか、来たか。想定より少し早いが・・・・・・」
クルトはわたしのほうを見た。
「姫君。どうやら王宮へ戻っていただく隙はないらしい。できるだけ陣の後方で、今度こそおとなしくしていていただければありがたいのだが?」
帝国軍が攻めてくる!!
わたしはどきどきとしながら、でもできるだけ冷静を装って顔を上げた。
「わかりました。ならわたしは石ころらしく、端のほうで目立たず静かにしていますから」
「それはありがたい。では、失礼をば」
クルトはシエラにひとことふたこと指示を出すと、足早に配食場所を去って行く。
「さ、アンネローゼさま、こちらへ」
いつからか、かたかたと震えがとまらなくなったわたしのちいさな掌を、シエラのあたたかな掌が柔らかくつつみこんだ。




