45.マルカと過去と
「同時かよ!!」
「不本意ながら、そのようだな」
ヴォルフがいうのに、マルカは丁寧な納刀をみせつ、応えた。
その時、マルカの肩がチラリ見えた。
「なんだ? 怪我してるのか? 楽勝だったぜ、こっちはよ」
その肩に血がにじんでいるところを、ヴォルフは見逃さずにいう。
ため息をもらしつつ、マルカは応じる。
「そうか。どうやら貴様の相手は雑魚だったようだな。私の相手は強かった。あれはきっと、帝国でも10指にははいるだろう」
「10指? さすがにそんなわけは・・・・・・」
「私の方が強い相手と戦ったのだから、時間がかかるのは当たり前だな」
つまり実質私の勝ちだ。
そう付け足す野暮はいわずに、マルカはただにやりと笑う。
「いやいやいやいや、ホントのところをいうとな、俺は謙遜してたんだ」
「謙遜? 楽勝だったのだろう?」
「俺の相手も十分化けもんだったぜ。ありゃあ帝国でも8番目くらい、強かったにちがいねえ」
「後からならなんとでもいえるだろうな」
口での不利を悟ったか、ヴォルフは拳を固めてふりあげた。
「いうじゃねえか。なら、ほんとうはどっちが強いのか、今ここで確かめてみようか?」
「下らん。といいたいところだが、いつだか吹っ飛ばしてくれた礼がまだだったな」
臨戦をといたふたりの目に、お互いの倒した相手の身体が目にはいる。
「しかし、こんな辺境を相手にするにしては、ずいぶんな相手だったのは確かだぜ」
「貴様、辺境だなんだと失礼なことをいうな!! だが、後半には同意する。もし、これ以上の相手が出てきたら・・・・・・」
「らしくねえじゃねえか。怖いのかい?」
「私が恐れるのは、アンネローゼさまのお役にたてないことだけだ」
マルカは肩の血を拭い、身ごしらえした。
「そうだな。帝国軍には、最強の二枚看板とかいうふたりの男がいるようだ。そいつらが出てきたら、さすがに私ひとりではきびしいかもな」
「しゃあねえな。もしそいつらを相手にする時は、俺がひとり、ひきうけてやろう」
ヴォルフが胸をはるのに、マルカはため息をつく。
「お前がか? まあ期待しないでおくさ。せいぜい足止めくらいにはなってくれ」
「ぬかせ」
ヴォルフはそういって、がははと笑った。
□■□
「なんだ、なんなのだあやつらは」
岩場の影からふたりの様子を覗き見ながら、ラカンはガクブルとふるえている。
ユーゼフにゴッヅ。
ふたりのお目付役としてついてきた彼は、目の前の事実を受け入れることができていない。
「帝国最強だぞ。二枚看板だぞ!! それがああもあっさりと」
夢でも見ているのではないか、あるいは幻覚を。
ラカンはそう疑って、自分の顔を何度か殴りつけ、痛みにまたふるえる。
「クソ。なんてことだ。そうだ、転身してルカのやつに報告しないと」
自分が目の前の相手と戦う、などという考えは、かけらも湧いてこなかった。
間違いなく、帝国最強。
いや帝国最強だったふたりである。
「なんでそれが、こんなところであんなやつにらにあっさりと負けてんだよ」
あわよくば、ふたりのおこぼれにあずかろう。
そんなうきうきとした気分は、もうかけらも残ってはいない。
敵前逃亡という不名誉など一瞬で投げ捨てて、ラカンはこそこそと回れ右した。
「げえっ」
その目に、大柄な人影が飛び込んできた。
ヴォルフ、だ。
「なんだあ? こいつ。さっきから視線を感じてたのは、こいつだったか?」
「どうやら、帝国軍人のようですね。しかもそれなりの地位にある」
後ろを振り向けば、マルカがゆっくりと近づいてくるところだった。
「どうする? 捕まえるか、それとも……」
「今からの作戦行動には支障がでるでしょう。ここは私が……おや?」
ラカンがそれに気づいたと同時に、マルカも何かに思い至るふうをみせた。
「お、おい、おオレ、オレだよ。久しぶりだな」
「あなたは、確か……」
「そうだよ、ラカンだよ。昔いっしょに冒険をした……」
マルカの眉か、わずかに顰められた。
かつて、ともに旅をした冒険者パーティー。
ふたりはともに、そのパーティーの所属だったことがある。
リーダーであるルカや、それからラカンを含めたメンバーたちがマルカを裏切り、彼を追放したその日まで。
「いやあ、心配してたんだぞ。いきなりいなくなっちまうんだからな。どうしてたんだ? 元気にやってたか?」
「よくいう」
マルカは冷静な顔を崩していなかったが、その言葉はどこまでも寒々しかった。
「いや、すまねえ。あれはさ、ルイのやろうが全部悪いんだ俺たちも騙されてたんだよ。お前が必要ないなんて、そんなことあるわけないのにな」
「おい、どうするよ。もうあまり時間はないぜ?」
ヴォルフがいうと、マルカは腰の剣に手をかけてみせた。
「おおおおい、まってくれよ。悪かった。たしかに俺も、お前を追放するのに賛成したさ。あの時はそれが正しいって信じてたんだ……」
「いい残すことはそれでかまわないのですか?」
「ひっ」
ラカンは悲鳴を飲み込んだ。
考えろ、考えろ。
心の中で絶叫する。
「金、そう金だ。俺、昔じゃ考えられねえくらいたくさん金を持ってるんだ。それ、お前に全部やるからさ」
マルカの手の中から、小さな金属音がした。
違う、これは違う。
ラカンの頭は、いままでにないくらい高速で回転している。
「そ、そうだ。今回のこと、俺の方からルイに取りなしてやるよ。そうすりゃあの王女様だってさ……」
「アンネローゼさまが?」
食いついた。
ラカンは心の中で喝采をあげた。
いける、いけるぞ。
「そうだ。これでも俺、帝国軍の中じゃちょっとしたカオなんだぜ。俺からルイにちょっといえば、王女の処遇だって思うがままだ」
剣に添えたマルカの手から、わずかばかり力が抜ける。
「そうだ、こういうのはどうだ? 俺とお前で組んで、リュミエールを制圧しちまうんだ。大丈夫。俺がルイに文句なんていわせねえ」
ラカンの舌は自在に動く。
やれている。俺はルイ以上にひとのこころを動かしている!!
「リュミエールさえ手にしちまえば、後は俺たちのおもうがままだ。お前のご執心の王女だって、お前の自由にでき……」
ど、ゴス
次の瞬間、ラカンの身体は高々と宙を舞っていた。
何がおこった?
そう考える間すらない。
「すまんな。横から手をだしちまって」
「いや、ありがとう。私が手を下すのも汚らわしい相手だったから」
「おや、今のはひょっとして感謝の言葉だったか? あるいは感謝の言葉とか、もしかして感謝の言葉とか」
マルカは答えずにきびすを返す。
「さあ、いくぞ。ムダな時間を過ごしてしまった」
「あいよ」
空高く舞い上がったラカンが、やっとのことで落下に転じる。
あとは叩きつけられるばかりの彼のことを、気にとめる者は、もう誰もいなかった。




