44.マルカのたたかい
正眼に構えるユーゼフ。
そのユーゼフを中心におき、円を描くかのように、文字通りマルカが舞っていた。
一撃、そしてまた一撃。
手にするは、短く黒い、片手剣。
その優位を充分に活かしながら、幾たびも斬撃を重ねていく。
ユーゼフは、マルカの攻撃を、受け続けるだけで精一杯。
はたからはそう、見えている。
『加速』
とどめっ!!
とばかりに発動されたマルカのスキルが、一瞬でその効果を現す。
ただでさえ速かったマルカの斬撃は、もう常人には目で見て捉えることなどできなかった。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
鋭く、高い金属音が次々に響き渡った。
ずざ、
間合いをとって、マルカが現れ、着地する。
軽く息を整えつ、その顔にはわずかに驚きが浮かんでいた。
「ふん、こんなものか」
ユーゼフがひとりごちる。
あれだけ速く、あれだけ重ねた斬撃を、彼はさばききってみせていた。
しかも、マルカのそれより長大な、あつかいづらい片刃の長剣で、である。
ゆらり、とユーゼフが構えをといた。
「やっとおもいだしたぞ。その肌、その目。おまえ、エレンシア混じりではあるまいな?」
「そうですが?」
とだけ、マルカは答えた。
ユーゼフの顔がぐしゃりと歪む。
「ちっ、少しは見た目がいいからと、手加減などして損をした」
舌打ち混じりにのユーゼフは、いかにも憎々しげだった。
「大きな傷などつけては、売るときに値が下がるからな。だがエレンシア人ならなんでも同じだ。どうせたいした金にはならんのだから」
差別的なことをいわれても、マルカの表情に動きは見られない。
リュミエール王国に来る前には、散々にいわれてきたことだから。
「ならば、さっさとすませてしまわなければな。ほかで品定めせねばならん」
構えないまま、ふたたびゆらり、とユーゼフが揺れる。
次の瞬間、三日月状の斬撃が、マルカへと飛んでいた。
とっさにあげたマルカの短刀が、斬撃を受けきれずに跳ね上がる。
それでも刀を手放さなかったマルカはさすがといえた。
「そうだな、あの姫などいいではないか。多少田舎くさくはあるが、あの毛並みの良さ。出すところに出せば、高く売れるだろう」
「貴様!!」
今度こそ、マルカの顔色が変わる。
目にもとまらぬ、とはこのことだろうか。
一足の間合いを瞬時に詰めて、マルカがユーゼフに躍りかかる。
「馬鹿め、隙だらけだ」
待ち構えた迎撃の一閃は、マルカの肩口を正確に捉えた。
飛びずさった彼の肩袖は切り裂かれ、じんわりと血がにじみ出す。
「もういい、さっさと終わらせようか」
ユーゼフはマルカに対して半身になり、刃を上に向けて、目線の値で水平に構えた。
霞の構え
それを見て、マルカはぽつりと口を開いた。
「できれば、このスキルは使わずにすませたかったのですがね」
「なんだ? 負け惜しみか何かか? いまさらおまえに何ができるというのかよ」
「どうでしょう、降伏しませんか? 今ならアンネローゼさまへの暴言は、半殺しくらいで許してあげなくもない」
そのほうがお互い、それほど痛い目にあわずにすむ。
そういうマルカを、ユーゼフは鼻で笑った。
「寝言は寝てからいえ」
それを聞くと、マルカは短剣を回転させて、逆手に持ち直した。
「終わりにしようか」
ユーゼフは絶対の自信を持ってそういった。
霞の構えから放たれる、神速の二段突き。
それこそが、ユーゼフの必殺の技である。
いままで、大陸中のたくさんの強敵を、その技で屠ってきた。
「しねぇい」
まずは、防御不能の一段目が、マルカへと一直線に殺到する。
よしんばこれが躱されても、必中絶息の二段目が……
ぴっ、とわずかな刃鳴りとともに、
ユーゼフの頸がごろりとおちる。
「なんだ、もう寝たのか?」
上から響く声の主を、ユーゼフは二度と見上げることはできなかった。
だから、マルカの左手に、今まで使っていたものとは別の短刀が現れているのも知ることはない。
永続スキル、二刀の極意。
ユーゼフを切り捨てたマルカは、少し慌てたように、懐紙をとりだし、血を拭う。
はじめから持っていた黒光りするそれとは異なり、みために普通の剣である。
その剣を見るマルカの目は、なぜだか愛おしいものを見るようだ。
「まったく。つまらぬものを斬って、アンネローゼさまにいただいた剣が汚れてしまったではないか」
だからこの技、使いたくはなかったのだがな。
そういって目をあげ、あたりを見回すと、ちょうどこちらを見ていたヴォルフとマルカの視線がぶつかった。




