43.ヴォルフのたたかい
ヴォン
と派手な風切り音で、ヴォルフの鼻先を大斧が通り過ぎた。
ド、ゴォォン
勢いそのまま、地面に叩きつけられたそれは、轟音をあげ、土煙を爆発させる。
「隙ありだ」
打ち込んだ偃月刀は、しかし幅広の鉄塊に阻まれて鈍い音を立てた。
いまさっきまで足元の土中に深く切り込んでいたはずの大斧が、偃月刀の一閃に割り込んだのだ。
ヴォルフ自身の体重より、さらに重そうに見える大斧。
それがゴッヅの手にあると、まるで手斧かなにかのように軽々と振り回されるのだ。
「ったく、むちゃくちゃな野郎だな」
「どうしたどうした。もう打ち疲れたのかな? それならば」
ごうん、と横薙ぎがヴォルフへ飛ぶ。
「終わりにしようか」
かろうじて間に合った偃月刀は、しかし大斧の勢いを殺しきれない。
ヴォルフは大きく吹き飛ばされて、肩から地面に叩きつけられた。
「終わっておけばいいものを。寸刻みも、早く始まれば、それだけ速く終わるというのに」
「いってることもめちゃくちゃだな、あんた」
跳ね上がるように、ヴォルフは立つ。
吹き飛ばれたように見えて、どうやら半ば以上自分から飛んで見せたようだった。
その右の手が、素早く懐の内を探る。
抜きだした手に、小箱が握られているのがわかった。
さっき、ゴッヅが飲んだ薬の箱。
それとそっくりな箱である。
「なんだ? ぬしも薬をつかうのか? おもしろい。待っていてやるから、さっさとすませるがいい」
ヴォルフは小さく唇の端をあげると、掌のなかで箱を転がす。
「薬か、そうだな」
なにかを決意したように、彼は箱を握る手に力を込める。
「だが、そうじゃない。それはな」
瞬間、ヴォルフは小さく振りかぶった。
「こういうふうにつかうんだよ!!」
「なん・・・・・・」
ゴッ
虚を衝かれたか、ゴッヅの顔面を、小さな箱がしたたか打った。
「こ、のぉぉぉぁぁぁ」
たちまち顔を真っ赤にして、ゴッヅは大斧を振り回そうとして、
「ちぃぃ」
しかし、それは果たされない。
猛スピードで跳ぶように駆けたヴォルフは、既にゴッヅの間合いの内にいた。
この近さでは、大斧を振るえない。
そう頭で判断するより早く、ゴッヅは斧を手放していた。
帝国最強。
その判断スピードは伊達でない。
なによりこの距離では、ヴォルフの偃月刀にも近すぎるはずだった。
はたして、ヴォルフも既に、偃月刀を投げ捨てている。
がぎゅむ
徒手にて、躍りかかったヴォルフ。
その手を、ゴッヅが受け止めた。
ゴッヅの胸あたりで、ふたりの両手が組み合っている。
手四つ。
そうともいわれるこの体制は・・・・・・
「力比べかね。ぐふふ、この愚か者が」
組み合ったまま、ふたりの全身に、力が籠もった。
端から見ても、体格ではあきらかにゴッヅが勝る。
力でも、おそらくは・・・・・・
それを証明するように、ヴォルフの身体が徐々に押され、身体が後ろへと反り返っていく。
まるで、ゴッヅの巨躯が、ヴォルフを押しつぶそうとしているように。
「よう、知ってるか? この手の薬はな、一度身体に入れたら最後、飲み続けなけりゃつらくてつらくて仕方がないんだぜ」
下から聞こえたヴォルフの声に、ゴッヅは心底愉しそうにごぶぶと笑った。
「おやおや、負け惜しみかな。薬の力に負けていく己を呪いながら、つぶれていくがいい」
「薬がだんだん薄まって、最後あたり、完全に抜けてくときが一番つらい。死ぬほど苦しいってのはああいうのをいんだな」
「そうかそうか。期待するがいい。これからそれ以上の苦しみが待っているのだぞ。なあに、心配するな。口だけは最後まで残しておいてやるからな」
「三日三晩だったかな。その間ずっと手をとり、側にいて励ましてくれたのが姫さんでね」
ぐ、と
押し込んでいたゴッヅの身体が、そこからわずかも動かなくなる。
「なんだ? この期に及んで無駄なあがきを・・・・・・」
「まあ聞けよ。じつは本当に大変だったのはここからでな」
ぐぐ、
今にも押しつぶされそうだったヴォルフの身体が、わずかばかり、ゴッヅのそれを押し返す。
「なにしろ、気が休まる暇がねえ。なにしろあのお転婆だ。どこにだって駆け出してってしまわねえかと、護衛のこっちは気が気じゃねえのよ」
ぐぐぐぐぐ
少しずつ、少しずつ。
押されていくゴッヅが気がつけば、既に体制は五分と五分だ。
「なんだ、どういうんだ、このおぁぁあ」
「幸い、ここはいい国だ。危険だってたいしたこたぁねえ。だが、あんたのようなやつはいる」
みし、みしぃ
ゴッヅの身体から、聞こえてはいけない音がしはじめる。
「俺は姫さんの護衛だからよ。いついかなるとき、どんな相手でも護ってさしあげなきゃならん」
「ぐお、やめ」
べき、
と
ゴッヅは自分の中から、致命的な音がするのをはっきり聞いた。
ヴォルフの傍らで、その巨体がゆっくりと、崩れるように倒れていっく。
「おぉ、いてて。しっかり鍛えておいてよかったぜ。こんなバケもんがいるんじゃな」
悲鳴を上げる筋肉を労りながら、ヴォルフはもうひとつのたたかい、その結末を両眼でとらえた。




