42.緒戦
「なあ、賭けをしねえか?」
応えず、マルカはヴォルフをちらりと見ただけだった。
ヴォルフは気にせず先を続ける。
「俺たちふたり、相手もふたりだ。よーいどんで一騎打ちに持ち込んでだな」
「おい、遊びじゃないんだぞ」
「姫さんのことだ」
「アンネローゼさまの?」
ヴォルフは武器を担ぎ直して、にっ、と笑う。
幅広の片刃大刀に槍ほどの長い柄がついている。
偃月刀は普段武器を持たないヴォルフにと、ツクモがあつらえた特別製だ。
「先に相手を倒した方が、姫さんとふたりきりで出かける。ってのはどうだ?」
「・・・・・・」
「ほら、最近よくあんだろ? 三人で出かける用事がな。負けた方はその道すがらで退散するって寸法よ」
そこまで聞いて、マルカの手が素早く動いた。
いつも帯びている短剣が、手妻のように現れている。
「その前に、まず私と貴様で一騎打ちだ。まずはその口を塞ぐことこそ必要なようだからな」
冷静な口調だが、こめかみのあたりに血管が浮いているように見える。
「まあ、そう怒るなって。おまえさんだってしたいだろ? 姫さんとデート」
「な、私は・・・・・・」
より直接的な表現をされて、マルカはうろたえた。
それを肯定ととって、ヴォルフはうんうんとうなずいた。
「いいじゃねえか。たまにはおねだりしてみろよ。姫さんならつきあってくれるだろうぜ」
「そういう問題ではない」
マルカは手の中で短剣を握り直した。
「お、やるかい?」
「勘違いするな。おまえからアンネローゼさまを引き離す必要がある。ただそう思っているだけだ」
「上等。で、どっちとやる?」
マルカは向かってくる帝国の軍人を見る。
大柄な男と細身の男。
対照的なふたりだが、どちらも只人ではない気配がみてとれた。
「立ち位置通りでいいだろう。私が細い方。おまえがムダにでかいあいつだ」
「諒解。おい、間違っても死ぬんじゃねえぞ」
「貴様もな。・・・・・・貴様が死ねば、アンネローゼさまが悲しむだろうから」
ふたりはそれきり口を紡ぐと、お互の拳を打ち合わせた。
□■□
「ほう。こんな小国にも、多少は骨のある奴がいたらしい」
「面倒な。弱者は黙って頸を差し出せばいい。そうすれば楽に死ねるものを」
リュミエールの王都へ向かう影ふたつ。
ユーゼフとゴッヅの行く先に、マルカとヴォルフは立ち塞がった。
「馬鹿め。それでは愉しみというものがない。反抗する相手を寸刻みにしていたぶることこそ・・・・・・」
ガ、ギィィィィン
突然、耳に障る金属音が鳴り響く。
「なるほどなるほど。骨だけでなく実力も備えているようだ」
喋りながら、ゴッヅがいきなり振り下ろした大斧の一撃。
ヴォルフがそれを、偃月刀で受け流してみせたのだ。
「こんなに愉しそうな相手に出会えるとは。わざわざ辺境まで出ばってきた甲斐がある!!」
ぐふふ、と、ゴッヅは嫌らしい嗤いを浮かべる
「まったく。私の愉しみの時間が減ってしまうではないか。あまり遊んでいないで、さっさと片付けていただきたいな」
「わかったわかった。前菜はさっさと終わらせるさ」
ユーゼフがため息つきながらいうのに、ゴッヅが応えて懐からなにか取り出した。
「あれは・・・・・・」
それは瓶、いや、ちいさな箱のように見える。
ゴッヅは手早くそれを開けると、中身を口の中に流し込んだ。
「はじめから全力だ。これで文句あるまい?」
バリバリとなにかをかみ砕きながら、ゴッヅがいう。
効果はすぐに現れた。
もともと、ヴォルフ以上に筋骨逞しかったゴッヅである。
それが、徐々にいや、あっというまに膨れていく。
ただ膨れるというのではない。
充分な筋量を保ったまま、よりでかく、より逞しく。
あるいは、『巨人』
そう表現してしまいたくなる、ゴッヅの姿がそこにあった。
「薬、かよ」
ぽつりとつぶやいたヴォルフの声は、ゴッヅの雄叫びにかき消された。




