41.帝国軍
「それではおふた方。準備はおよろしくてございますかね」
帝国軍千人長、ラカンがそういうのに、帝国の軍人がふたり、鷹揚にうなずいた。
ラカンという男が、そのようにへりくだる態度をとるのは、とても珍しいことだ。
しかも、その対象が彼より階級が大分下の相手ともなれば……。
ルイの旗下にあっては最古参。
ルイがまだ、冒険者をしていた頃からの付き合いだ。
副官的立場にあるラカンだったが、彼が信条としていることはだだ一つ。
『ルイについていけば、美味しい思いが出来る』
それだけだ。
ルイが帝国騎士にとりたてられ、それから出世を重ねていく。
それといっしょに、まるで彼のコバンザメのように、ラカンも立場をあげてきた。
ルイのいうことには逆らわず、彼にいわれたことだけは最優先できちんとこなす。
そうやって今まできたものだから、ルイ以外からのラカンへの評判は、まったくもってよろしくない。
自分でもそれを自覚しているから、自然、周囲へのあたりもきつくなる。
とくに相手が目下と見るや、その態度はよりいっそう横柄になり、おもいやりのかけらも見られなくなる。
当然、部下からの覚えも最悪だった。
もっともラカン本人は、ルイ以外にどう思われようと知ったことではなかったが。
そのラカンが、口だけとはいえ丁寧に接する相手が、ルイ以外にいるなんて。
部下達ははじめ不思議に思いつつ、しかし相手を見れば納得せざるを得なかった。
ユーゼフ上級軍士。
ゴッヅ上級軍士。
帝国軍が誇る、武の二枚看板である。
上級軍尉といえば、ある程度の部下を率る部隊長。
それが帝国軍の普通である。
けれど、ふたりには今現在、特定の部下はいなかった。
彼らが頼りにしているのは、自分自身の力のみ。
帝国が各地に起こした戦争で、その力であげた武功は数知れず。
その武で掲げた敵の頸も数知れず。
上級軍士という位階では、ふたりのあげた功績には、まったくもって見合わない。
帝国も、ふたりの功績に報いようと、何度も昇進を打診してはいるのだが……
『上級軍士より上にあがってしまえば、立場上部下を導き、戦わざるをえないから』
ふたりが同じように昇進を拒んでいるのは、ただそれだけの理由だった。
――ま、それだけじゃねえだろうがな――
部下に嫌われていることでは、自他共に異論を持たないラカンなどはそう思う。
――ふたりとも、旗下を率いて戦えるような器じゃねえだろ――
「やあやあ、ふたりとも、相変わらず見事な立ち姿」
聞き覚えのある明るい声に、ラカンははっとふりむいた。
そこには将軍のルイが、にこにこしながらこちらを見ている。
「いよいよ力を貸してもらう刻がきた。ま、ふたりには役不足ではあるだろうがね」
「気にするな。それはそれで、愉しみ甲斐があるというもんだ」
ゴッヅがそういって、フヘヘと嗤った。
筋骨をたくわえ、ルイやラカンよりも二回りは大きな身体を誇っている。
操る武器も、その身体に相応しい。
なみの帝国兵が、三人でやっと持ち上げられる。
それほどの大斧を、彼は自在に扱うのだった。
最前線に立つ武将として、実に絵になる男だった。
だだひとつ、自分より弱い相手をいたぶり抜いて殺す癖。
それさえなければ、英雄として帝国中の人気者になることだって出来ただろう。
「もらうものさえもらえれば、私はなにも問題ありませんね」
ゴッヅとはうってかわって、優男ふうのユーゼフもいう。
身体よりも長い剣をよくつかい、切り結んでいくその姿は、こちらも絵巻物の中から出てきたような男ではある。
金のために振るう刃は一切相手を選ばない。
小さな財布ひとつのために親を殺し、たった銅貨三枚で、幼い子どもを切り捨てる。
『金に汚すぎる男』
帝国が誰もが知る悪評もどこ吹く風と受け流し、ため込んだ金を眺めながら酒を呑むのが趣味なのだとか。
ルイの下で、さまざまな悪徳にかかわってきた自分を棚にあげ、ラカンは心の中で、たっぷりとふたりを蔑んでいた。
ルイの命令でさえなければ、共に戦うなど御免被る。
それだけではない。
ラカンはいまだ、ルイがふたりを連れてきた、その真意を測りかねていた。
リュミエール王国を平和的に訪れた、帝国の使者。
表向きにはそうなっているということで、ルイはたくさんの兵を同道させられなかった。
そのかわり、文字通り一騎当千であるふたり。
帝国でも最強の武人として、双璧であるユーゼフとゴッヅ。
彼らを連れてくることは、理にかなってはいるのだろう。
そのくらいは、ラカンにだってわかることだ。
相手が、リュミエール王国でさえなかったなら。
ユーゼフもゴッヅも、ルイの旗下ではないのだから、連れてくるには相応のコストがかかっている。
対して、リュミエール王国といえば、貧乏国家として世界中が知るところだ。
かけたコストに見合うだけの見返りが、期待できるはずがない。
そうラカンは思っていた。
「なにか心配ごとでも?」
急に、ルイがラカンのほうをむいてそういった。
彼はいつかのように、にこにこと笑っている。
かつて、ルイとラカンが所属していたパーティーから、エレンシア人のガキを追い出した時も
ビーストテイマーの男に責任を押しつけ、処刑台に吊した時も
どこかの国の姫に罪を着せ、貶めた時だって
ルイはいつもそんなふうに笑っていた。
彼がそんなふうに笑う時、その後にはいつの時にも、彼の出世が待っていた。
ルイの出世は、つまりはコバンザメであるラカンの出世でもあり……
――ルイについていけば、美味しい思いが出来る――
その笑顔を見て、ラカンは自分の信条を思い出していた。
「いや、なんでもねえよ」
ルイが必要だというならば、それは必要なことなのだ。
自分はそれに従っていればいいだけのこと。
「そうですか。でははじめましょうか」
酷いことになるだろうな、とラカンは思った。
リュミエールの軍勢に、ユーゼフやゴッヅをとめられるわけがない。
だからといって、ふたりとも手加減をするような性質ではない。
ユーゼフは女子どもも容赦せず、ただひたすらに切りまくるだろうし、
ゴッヅはたくさんの敵をいたぶって殺すだろう。
なにより、ラカン自身が、逃げ惑う弱い相手を追い立てるのは大好物なのである。
「では、みなさん。蹂躙してください」
ルイの命が、なんの感慨も含むことなく下された。




